しょっぱい音符 12月15日号

ワン・アンド・オンリーの弦楽ビギン、マラヴォワの新録音『オリウォン』。

zizique01 さかましぇ?マラヴォワの新録音が届きましたよ。結成から43年を数えるマルチニック島の音楽的シンボルと言うべき弦楽ビギン楽団の20数枚目、スタジオ録音アルバムとしては2009年の『ペップ・ラ』(クレオール語でPep-la「この民たちよ」)以来。その間に2013年に楽団40周年記念で、マラヴォワとフィルハーモニー・オーケストラと歴代ヴォーカリストなど多彩なゲストを招いて開かれた、パリ・ゼニットでのライヴ盤も発表された。
 マノ・セゼール、クリスチアン・ド・ネグリ、ジャン=ポール・ソイムという3人のヴァイオリニストが中心になって「マラヴォワ」(サトウキビの品種名)という名の楽団ができたのは1972年のこと。キューバ音楽のチャランガにインスパイアされた編成(ヴァイオリンx4、ピアノ、ベース、ヴォーカル)で、手本はオルケスタ・アラゴーンだが、レパートリーはシャンソン・クレオール、ビギン、マズルカが主体だった。古き良きマルチニック島の音楽を新しいカリブ・ラテンモードで、という「島おこし」ダンス音楽だった。当時カリブ海の近隣の島々でもキューバン、レゲエだけでなく、ハイチのコンパ(タブー・コンボ)やドミニカのカダンス・リプソ(エグザイル・ワン)などが人気を博し、仏海外県のマルチニックとグワドループ両島でも、その影響で島の音楽を最新楽器で電気増幅させて若者たちを熱狂させたのが、カッサヴに代表されるズークだった。しかしマラヴォワは巨大アンプを拒否して、ヴァイオリンという繊細でエレガントな楽器でそれを実現した。
 創始者マノ・セゼールは、政治家でネグリチュードの詩人として知られるエメ・セゼール (1913-2008)の甥にあたる。マラヴォワだけでなく島の多くのアーチストたちがエメの影響を受け、非西欧的ルーツ回帰を芸術創造の大きなテーマとしている。また、60〜70年代はサトウキビのプランテーションが大幅に縮小され、サトウキビ農場で働いていた人々が職を失った。フランス本土の意のままの島の農業政策に大きな反発が起こり、デモはしばしば機動隊と激しく衝突した。これに呼応するように文化面ではフランスを手本とする西欧文明の盲信をやめよう、島の文化的アイデンティティ(アフリカ性およびクレオール性)を再認識して再生しようという運動となり、その理論的支柱がエメ・セゼールのネグリチュード思想であった。
 当時はミュージシャンとして生きるにはフランス本土やアメリカに渡って島の音楽とは無縁の音楽をするしかなかった。マラヴォワの面々は最初からこれを拒否して、島の音楽を開拓していくために誇り高いアマチュア楽団であることを通した。公立学校教師、市役所職員、郵便局員…。そういう地方公務員たちが週末楽団としてフォール・ド・フランスのダンスホールに出演していたのだ。80年代に入って本土からコンサートに招聘されるようになっても、週末便で飛び、月曜早朝着のフライトで島に帰り、その朝勤務先に直行するという律儀さであった。
 このエレガントなビギンは80〜90年代のワールドミュージックブームの時に全世界に知られるものとなり、89年には来日も果たしている。この人気に大きく貢献したのが、81年からリーダーとして華やかな編曲でそのスタイルを確立したピアニストのポロ・ロジーヌと、艶やかなクルーナーヴォイスのヴォーカリストのラルフ・タマールだった。
 ラルフがプロ転向して楽団を脱退したのが87年、ポロがガンで急死したのが93年。その二つの過渡期の間に制作されポロの最後の録音となったアルバムが『マテビス』(1992年)で、今日までマラヴォワ最高の売上を記録し、評価も最高だ。これは歌手なし弦楽アンサンブルとなったマラヴォワが、グアドループ、ハイチ、マルチニックのスター歌手たちを招き、新旧のシャンソン・クレオールをマラヴォワ流に編曲、という企画。カリ、エディット・ルフェル、タニヤ・サン=ヴァル、ベートバ・オバス、マルセ…そしてラルフ・タマールも古巣の招きに応えて歌い、さながらアルバムはカリブの声の競演といった華やかさだった。
 あれから20余年、新アルバム 『オリウォン』は、現在のリーダーのニコル・ベルナール(パーカッション奏者)が明言しているように「マテビス・2」を想定して制作された。40余年の歴史を持つマラヴォワも、今やオリジナルメンバーは、ニコル・ベルナール、ドニ・ダンタン(ドラムス)、ジャン=マルク・アルビシー(ベース)の3人だけで、ポロの死後ピアニストとなったジョゼフ・プリヴァ、そして3人のヴァイオリン奏者と1人のチェロ奏者という8人のフォーメーションである。『オリウォン』とはフランス語では “autour de”(〜の周りに)、つまり「マラヴォワを囲んで」という訳が適当だろう。これを囲む歌手たちは、往年の「マラヴォワの声」、ラルフ・タマール、そして楽団の89年来日の時ヴォーカリストだったピポ・ジェルトルード、ハイチのディーヴァとして2度の来日経験のあるエムリーヌ・ミッシェル、マルチニックの新世代としてラガマフィンやヒップホップと融合した音楽を展開するイジー・ケネンガ、グアドループの色男クルーナーのロニー・テオフィル、レユニオン島出身で今日のズーク・ラヴの女王オルラーヌ,ドミニカ出身のミッシェル・ヘンダーソンなど。ひときわ耳を引くのが、2曲めで自作曲「アシキ」を歌っているコロ・バルスト。アンゴラの歌手ボンガ(セザリア・エヴォラの「ソダーデ」の作者としても知られる)と全く同質のエモーショナルなしゃがれ声の持主。エメ・セゼールと同じバス・ポワントの出身で、エメゆずりのネグリチュード思想のメッセージを歌う。彼を世に知らしめた最初のヒットは、流血事件となった74年2月フォール・ド・フランスの農業労働者デモの犠牲者たちへの鎮魂歌。この「アシキ」も貧しく人々に嘲笑される若者のことが歌われ、リフレインは「やつらより先におまえが笑え、さもないとやつらの方がおまえを笑うんだから」と歌い、ストリートの叡智を思わせる。
 マラヴォワの弦楽ビギンの魔力は不滅で、どの曲も世界唯一無二の優美な音を響かせるが、5曲目のジャン=ジャック・ゴールドマン曲(A nos actes manqués)のカヴァー、これだけはちょっと首をかしげる。

文・向風三郎

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