Qui a peur des femmes photographes ? 1839-1945

art
オルセーとオランジュリー美術館で、西洋の女性写真家をテーマにした展覧会が2つ始まった。オランジュリーでは1845年から1919年までが、オルセーでは1918年から1945年までが展示されている。題名の 「女性写真家なんかこわくない」は、アメリカの戯曲家、エドワード・オールビーの有名な作品 「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」をもじったものだ。ポスターには、それにかけて、作家ヴァージニア・ウルフそっくりさんの肖像が使われている。モデルはウルフの母親で、作者はジュリア・マーガレット・キャメロンだ。
第1部では、カメラという機械を操作する写真撮影が「機械=男性のもの」と
みなされ、女性が排除されていたフランスと、上流社会の女性が水彩画をたしなむように趣味の延長で写真を撮り始め、写真家協会会員にまでなったイギリスとの違いが興味深い。
先駆者の中では、家族や友人を扮装させて小説の一場面を撮ったキャメロンが情感表現で群を抜いている。後に続く女性写真家にとって彼女はお手本だった。フランスでも、夢想的な風景が素晴らしいブルトン夫人のような卓越した写真家が輩出した。彼女は苗字しかわからず、このことからしても女性写真家の地位がどんなものだったかが想像できる。
そのうち、室内写真、家族の写真、風景だけでいいのか、と思い始める人が出るのは当然だ。美術学校で女性に制作が禁止されていた女性ヌードを撮る女性が出てきた。女性に参政権がなかった時代である。新聞雑誌の増大で発表の場が増え、市民運動や下層の人々、戦争を撮る写真家も出現した。
展覧会第2部では、先達の業績が引き継がれ、さらに多彩に繰り広げられた様子がわかる。モデルの顔が見えない女性ヌードは、欲望の対象ではない。同じオルセーで開催中の売春宿についての展覧会と比較すると、作者の視点の違いが面白い。売春展では、男性アーティストから見た娼婦や売春宿であり、女性は欲望や妄想や憐れみの対象だ。女性写真家の目で見た女性の体はそれとは違う。リー・ミラーは、乳がんで切り取った乳房の写真を残している。中性が一番しっくりくるというクロード・カーアンは、ジェンダーを取り払った自画像を撮った。売春展で男の視点に辟易した後では、ちょうどバランスが取れる。偏見をものともせず、道を開拓してきた女性写真家がこれほどいたことを見て、多くの女性は励まされるだろう。(羽)

1月24日まで
第1部:1839-1919 オランジュリー美術館 火休
第2部:1918-1945 オルセー美術館 月休