映画は互いに影響を受けつつ、与えつつ存在する。なかでも香港映画の巨匠キン・フーの 『A Touch of Zen/俠女』(1971) は、映画史の網の目の真ん中で、蜘蛛の巣のクモのように陣取る偉大な作品。セルジオ・レオーネや黒澤明の血をひき、クエンティン・タランティーノやアン・リー、ツイ・ハークら多くの才能を刺激。昨今もジャ・ジャンクーの 『罪の手ざわり』や侯孝賢の『黒衣の刺客』など、戦いの様式美や目力の強いクールなヒロイン像は本作あってのことだろう。
中国・明朝時代。貧乏画家の青年は古い館に住む若い女性と知り合う。謎めく彼女は、宦官の陰謀から高級官僚の父を殺され、自身も命を狙われる身の上。だが高僧に武術を学んだ彼女は«戦う女»でもあった。青年はともに戦うことを決意する。
宙を舞う「竹林の決闘」シーンで名高い武侠映画。だがその実、政治スリラー、家族&恋愛ドラマ、冒険活劇や妖怪映画の要素も。それに坊さんの最強ぶりは一瞬コメディかと思うし、ホドロフスキーを思わす唐突な神秘主義にオカルト映画かと思う。また丁寧に描かれた豊穣な自然と中国文化にも心惹かれる。それらを贅沢に体感した後、水野晴郎でなくとも「いやぁ、映画って本当にいいものですね」と口走りたくなる3時間の大作だ。
40年前にカンヌ映画祭で受賞し、キン・フーの名を海外に一躍知らしめた傑作だが、近年は映画館で鑑賞できる機会も稀に。しかし最新技術を駆使した4Kデジタル修復で艶(なまめ)かしい色調を取り戻し、現在リバイバル上映中となっている。8月12日からは同監督の出世作『Dragon Inn/残酷ドラゴン 血闘竜門の宿』の公開もあるので併せてどうぞ。(瑞)