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「各世帯での火災報知器の設置が義務化されたのは、中に盗聴マイクを隠して当局が国民を監視するためだ」という記事をネット雑誌『Rue89』で目にした。ご丁寧にも、マイクの仕込み方を説明するビデオが添えてある。オーウェルの小説『1984』のような光景に、一瞬寒気をおぼえたが、記事の日付を見て安心した。4月1日とある。エイプリルフールのダミー記事だった。
しかし5月5日に諜報活動法案が国民議会で賛成263、反対86の圧倒的多数で可決された様子を見ていると、この記事も単なる冗談ではすまなさそうだ。法案提出者のヴァルス首相は「 (この法律で)国民の自由はさらに守られる」というが、これに抗議する人たちも多い。12万人が反対署名に名を連ね、採決前夜には市民約2千人が国民議会の近くに集い、「Liberticide(自由の抹殺)を阻止せよ!」と声を上げた。
とくに問題となっているのが第2条だ。この条文でサーバー内の通信傍受や、携帯電話の通話の盗聴が可能になる。プライバシーが侵されるのはもちろん、サーバーのレンタル会社などは守秘義務を全うできず、顧客を外国の会社に取られかねない死活問題だ。また、法案が「加速審議」で採決されたり、大統領が異例にも自ら憲法評議会への審査請求すると意気込むなど、強引さが非難された。
フーコーは『監獄の誕生』で、刑罰が身体的なものから精神的になり、権力が人間の生そのものを管理する近代社会を描いた。恐ろしいのは天井や壁に隠れた盗聴器ではない。各人が自分の心の中にマイクやカメラを仕込んでしまうことだ。「物言えば唇寒し秋の風」がもう吹き始めたのか、批判的だった主要な日刊紙も、法案の国民議会通過を翌日の一面では扱うことなく、右派政党の改名問題やルペンお家騒動など、些末(さまつ)な話題に紙面を割いた。
オランド大統領は4月19日、カナル・プリュスの番組「Supplément」にスタジオ出演し、当局に疑われなければ、監視されることはないので安心してほしい、と呼びかけた。しかし、疑わしいか否かは、当局側が恣意(しい)的に線引きするものである。「ボクはテロリスト」と言った8歳児が警察の取り調べを受けた2月の事件を目安にすれば、今後は美女に会っても、うっかり「Bombe」などと口を滑らせてはいけない。当局の盗聴・盗撮の餌食になってしまうだろう。(浩)