中東のキリスト教徒難民。

8月5日付リベラシオン紙.
8月5日付リベラシオン紙.
 今年6月以来、内戦中のシリアからイラク北部まで猛烈な勢いで侵攻をつづける「イスラム国」と名乗るジハード過激派集団。彼らはキリスト教徒への迫害を進め、北部クルド自治区のキリスト教徒(=カルデア教徒:古代メソポタミア南部に起源)、少数民族ヤジディ(秘教ゾロアスター系でオットーマン以来弾圧対象に)をも狙う。キリスト教徒の殺害と財産没収、イスラームへの「改宗か死」を迫り、女子教育の廃止、アルコール類禁止、シャーリア法の実施と、現代文明の逆をいく。
 10年前、米ブッシュ政権のテロリスト撲滅作戦から独裁者サダム・フセイン殺害後、シーア派とスンニ派の対立する中、8 月10日、マスム大統領はマリキ首相(シーア派で今年4月総選挙に当選)を辞めさせアバディ国会副議長を任命。「イスラム国」突出による中東の地政悪化を危惧し、オバマ米大統領は8月8日、やっと腰を上げ、「イスラム国」占領地への空爆を開始。フランスはキリスト教徒の迫害に対し真っ先に避難民救済に乗り出し、クルド軍への武器空輸も開始。
 8月21日、イラクのキリスト教徒難民第一陣40人がロワシー空港に到着。政府は優先的に亡命者として受け入れ、一人につき月300 €の支援金を支給しクレテイユの難民収容所に送り込む。亡命には、すでにフランスに身内・家族のいることを第一条件としているが、シリア内戦(難民300万人)からイラクに逃れてきた非キリスト教徒もおり、バグダッドの仏領事館には数週間で8千件にのぼる亡命申請が殺到しているという。
 中東のキリスト教徒難民が話題になるや、まず受け入れ地として挙げられたのは、パリ北15㌔のサルセル市(人口約6万人)。というのはパリ郊外の中でも60年代にマグレブ諸国から引き揚げてきたユダヤ人が1/3、あとの1/3はムスリム系。よって「ル・プティット・エルサレム」と呼ばれるほどユダヤ人とムスリム系住民が共存し、カシェール肉屋やシナゴーグ、ユダヤ人学校…なども集まっている。サルセル住民のかなりがイラクにキリスト教徒の家族をもっており、亡命者の受け入れに積極的だ。だがカルデア教会でのミサはアラブ語かアラム(セム)語(フランス語はほんの一部)でなされるという。
 2007年、2010 年とサルコジ前大統領はイラクからすでにキリスト教徒1000家族の亡命を受け入れているが、元亡命者の証言(ル・モンド紙8/23)によれば、亡命後6カ月間のフランス語習得訓練を受けても、言語的壁がはだかりほとんどは仕事に就けないという。彼らの中にはバグダッドで司法関係や企業、ジャーナリズムの仕事をしていたインテリも多い。が、50代以上の女性亡命者は掃除婦になるのも難しく、彼らの子供たちのフランス社会への同化に頼るしかなさそう。
 時を同じくしてサルセル市に匹敵するストックホルム南のセーデルテリエ市も人口9万人のうち、60 年代に亡命したアッシリア系キリスト教徒が3万人いるという。9月14日の総選挙戦でネオナチ系グループは「西洋人の血統・文化を持つ者」にしかスウェーデンの国籍を与えるべきでないと叫ぶ。同種の演説がフランスの国民戦線マリーヌ・ルペン党首の口からも吐かれそうだ。(君)