第76回目のカンヌ映画祭は、フランス人監督ジュスティーヌ・トリエの『Anatomie d’une chute
転落の解剖学』が、最高賞のパルムドールに輝きました。映画は夫殺害の容疑にかけられた女性が主人公の法廷劇。カンヌ映画祭ではジェーン・カンピオン(『ピアノ・レッスン』)、ジュリア・デュクルノー(『TITANEチタン』)に続き、史上3人目の女性監督の受賞となりました。
この最高賞の発表には、フェミニストで知られるジェーン・フォンダがプレゼンターとして登場。彼女はカンヌに最初に参加した1963年を思い出し、「当時はコンペ部門に女性はいませんでした。それがノーマルでないとは誰も考えもしなかった」と語りました。そして、60年後となった今年が、「コンペ作品全21本中、7人が女性監督」だったことに触れ、「歴史的なターニングポイント」になったと表現しました。そんな頼れる姉御フォンダから前置きがあっての最高賞発表です。
ステージに立ったジュスティーヌ・トリエは受賞の喜びや、実生活のパートナーで共同脚本執筆者である映画監督のアルチュール・アラリにお礼を述べた後、重要なスピーチをしました。年金改革に反対する市民の声が政府によって驚くべき形で否定されたこと、そして、ネオリベラリズムの仏政府が擁護する文化の商品化が、フランスの伝統でもある「文化的例外(「文化は単なる商品ではないのだから、経済分野においても国家の保護を認めるなど、例外的な扱いをするべき」と考える立場を指す)」を破壊しつつあることに深い懸念を表明したのです。「文化的例外がなければ、私は今ここにはいなかったでしょう」。
トリエは大きな拍手に包まれましたが、彼女の発言に不満を持ったのがリマ・アブドゥル=マラク文化大臣。すぐにツイッター上で、「あまりにも不当な演説に唖然としました。この映画は、世界でも類のない多様性を可能にする映画の資金調達モデルなしには生まれなかった、そのことを忘れないようにしましょう」などと書きました。
実は4月の仏演劇賞モリエール賞授賞式の時も、同大臣は壇上で政府批判をした俳優のスピーチの直後に、似たようなテンプレートの反論を繰り広げていました。アーティストたちが何に危惧しているかには耳を傾けず、ただ上から言論潰しに走る文化大臣の姿というのは、これまであまりなかったことであり、いかにも強権的なマクロン政権らしい悪しき傾向に思えます。ちなみにフランス映画がパルムドールを取ったら、大統領はお祝いのメッセージを発表するのが慣例ですが、今のところは無反応。トリエの発言が気に入らないマクロンは、手下の大臣に不満を代弁させているのでしょうか。
次点のグランプリは下馬評で評価が高かったジョナサン・グレイザー監督『The Zone of Interest
ザ・ゾーン・オブ・インタレスト』が受賞。アウシュヴィッツを新しい角度から描いた異色作で、下馬評が最も高かった一本。特筆すべきは、今回、最高賞とグランプリに、ドイツ人女優のサンドラ・フラーが出演したことです。多くの人がフラーの女優賞を疑いませんでした。
審査員賞はフィンランドの巨匠アキ・カウリスマキの『Les Feuilles Mortes 落ち葉』。残念ながら授賞式は欠席だった監督ですが、代わりに主演のふたりが登壇。本作で好演した監督の愛犬チャップリンのパルムドッグも、自身の作品へのパルムドールも、結果的に『Anatomie d’une chute』に取られしまったのは、彼にとっては残念だったかもしれません。とはいえ、本作はささやかな(1時間21分の小品)悲喜劇風ラブストーリーで、巨匠の健在ぶりを飄々と示していました。
今回は日本勢もしっかりパルマレスに絡みました。ヴィム・ヴェンダース監督の『Perfect Days
パーフェクト・デイズ』で、最優秀男優賞を獲得したのは役所広司さん。カンヌでは1997年に主演作の『うなぎ』がパルムドールを獲得していますが、ご自身への賞は感慨深いことでしょう。「すでに世界の役所」が、今回の受賞で「さらに世界の役所」となりました。
受賞後の会見では、の会見では、「やっと柳楽優弥くんに追いつきました」と、初めて日本人に主演男優賞をもたらした『誰も知らない』(2004年)への目配せ発言も飛び出しました。その『誰も知らない』の監督は是枝裕和監督でしたが、彼がコンペに出品した新作『怪物』も、今回受賞となりました。脚本を担当した坂元裕二さんに、脚本賞をもたらしたのです。カンヌの受賞リストに日本人の名前が二人も並ぶのは、初めてのことではないでしょうか。
坂元さんはひと足先に日本に帰国されていましたが、記者会見時には是枝監督を通して、「たった一人の孤独な人のために書きました。それが評価されて感無量です」とメッセージを寄せました。きっと世界中の孤独な人たちにも、この映画は届くことでしょう。カンヌ映画祭受賞結果は以下の通りです。(瑞)
https://www.festival-cannes.com/presse/communiques/le-palmares-du-76e-festival-de-cannes/
●最高賞パルムドール
『ANATOMIE D’UNE CHUTE』ジュスティーヌ・トリエ 監督
●グランプリ
『THE ZONE OF INTEREST』 ジョナサン・グレイザー監督
●監督賞
トラン・アン・ユン監督 for『LA PASSION DE DODIN BOUFFANT』
●審査員賞
『KUOLLEET LEHDET (LES FEUILLES MORTES) 』アキ・カウリスマキ監督
●脚本賞
坂元裕二 for『怪物 KAIBUTSU (MONSTER)』(是枝裕和監督)
●最優秀女優賞
メルヴェ・ディズダル for 『KURU OTLAR USTUNE (LES HERBES SÈCHES) 』(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督)
●最優秀男優賞
役所広司 for『 PERFECT DAYS 』(ヴィム・ヴェンダース監督)