5月16日からカンヌ映画祭が始まりました。天気予報を見ると、第一週は連日雨模様。市民が無料で映画を見られる恒例の好企画「Le Cinéma de la Plage 浜辺の映画館」も、17日の夜はさっそく雨で中止に。悪天候も悩ましい年になりそうです。
先日ラジオからは、「スキャンダルのないカンヌはない」との言葉が流れてきました。紋切り型のイメージですが、2023年のカンヌ映画祭は、開幕早々、例年以上に作品の周辺が騒がしい様子です。
とりわけ開幕作品に選ばれた『Jeanne du Barry』は、スキャンダルの震源地に。監督のマイウェン、そして出演者のジョニー・デップは、それぞれ「agresseur(暴力の)加害者」として提訴までされた人。マイウェンはレストランに居合わせた独立系ニュースサイト編集長の髪を掴み顔に唾を吐き逃走、そしてデップは元妻の女優との間でDVや名誉棄損の泥沼裁判がありました。カンヌ映画祭はそんな彼らの作品を、栄えある開幕作品に選んだことで、大きな波紋を呼んでいるのです。
例えば、ロール・カラミー、アンナ・ムグラリス、スワン・アルローら123人の俳優は、映画祭初日に合わせリベラシオン紙にこの決定に対する反対声明* (有料記事「Cannes : des actrices dénoncent un système qui soutient les agresseurs カンヌ: 加害者を支えるシステムを告発する女優たち」←一部男性の俳優も参加)を掲載。英語圏からはジョニー・デップを非難するハッシュタグ #CannesYouNot ( Cannes, pourrais-tu éviter カンヌは(この作品を)避けるべき) が、SNS上を飛び交いました。
そんな渦中の作品『Jeanne du Barry』ですが、本作は昨年フランスで製作された女性監督作品としては、国内最大の予算を享受する大作(2060万ユーロ=約30億円)です。カンヌとしては監督や俳優らアーティストを守ることは大事でしょうが、同時に映画関係者からの圧力もさぞ大きかったと想像します。
映画はマイウェン扮する下層階級出身のジャンヌが、ジョニー・デップ扮するルイ15世の寵愛を受け、公妾として存在感を増してゆく様子が描かれます。18世紀の実在の人物、ジャンヌことデュ・バリー夫人をマイウェン自ら、権威に屈しない自由な女性像を伸び伸び演じています。自作自演でジャンヌを自分と重ねている(16歳で映画界の大物リュック・ベッソンと結婚、その後自ら映画監督となり活躍)ようにも見えてきます。
しかし、自由な女性像を描けば女性がみな共感すると思ったら、それほど単純ではありません。某仏週刊誌は「un egotrip embarrassant 当惑させるエゴトリップ」と呼びましたが、筆者もそれに近い居心地の悪さを感じました。フランス国王をアメリカの俳優が演じるのも少々奇妙です。国王的な振る舞いでいつも偉そうなマクロン大統領がこれほど市民に嫌われ、かつ、路上生活者がかつてないほどに溢れる貧しいこの時代に、ヴェルサイユ宮殿が舞台のドラマは時代錯誤感もあります。とはいえ、スキャンダル効果が効いてか、映画の出だしは好調、ヒット街道に乗りつつあります。
本作はマイウェンとジョニー・デップの撮影中の不仲説が度々話題となりました。しかし16日の公式上映では、その不仲説を打ち消すかのように、マイウェンとデップは仲良く手を繋ぎ、レッドカーペットを歩きました。もはや内部で分裂している場合ではない、と思ったのでしょうか。贅沢の限りを享受した実際のデュ・バリー夫人は、最後にはギロチン送りになりました。そしてこのご時世、さすがにギロチン送りはないにしても、お騒がせ映画人マイウェンの今後の運命はちょっと気になります。(瑞)