ジャン・ジョレスが掲げた理想、今どこに?

パリ郊外プレ・サンジェルヴェで 熱弁を振るうジョレス。
パリ郊外プレ・サンジェルヴェで 熱弁を振るうジョレス。
 ヨーロッパでは、古代ギリシャのプラトンが『国家』で描いた、哲学者の王による「哲人政治」が理想とされてきた。死後百年たっても、ジョレスがフランスのヒーローであり続けているのも、この理想を体現していたからかもしれない。
 最高学府のエコール・ノルマル(高等師範学校)の哲学科に首席で入学したかと思えば、同級生だったベルグソンとトップの成績を争い、卒業後は哲学教師として教壇に立ち、博士号もとっている。そんな筋金入りの哲学者が、政治の世界に乗り込んでいく。
 広い知識と巧みな修辞、そして絶妙なウィットを駆使した議会での論戦を格闘技にたとえるならば、ジョレスは、さながら希代のヘビー級の格闘家、しかもモハメド・アリのような早熟の天才だった。
 エコール・ノルマル時代の同級生は、学生時代の田舎臭い彼が、熱弁で四六時中まくし立てて、秀才たちを驚嘆させたと回想しているし、全国学生弁論大会でもみごと優勝している。その後、教師、ジャーナリスト、政治家として場数を重ねたジョレス。彼の雄弁が最後まで鈍り衰えることがなかったのは、天分もさることながら、ストイックなボクサーのように日々鍛錬を怠らなかったからだ。多忙を極める中、ホメロスやソフォクレスといった古代ギリシャの名文家の文章を一言一句もらさず筆写することを、死ぬまで日課にしていたという。
 どんな戦いぶりをみせたのだろう?  残念ながら彼の肉声は現存していないが、膨大な著作の中で彼の思想と人柄の真髄を表しているといわれるのが、かつて教師をしていたアルビの高校で、1903年に生徒たちに向けて行った『青年へ』という講演だ。
 この講演の冒頭、彼は、「共和制とは何か?」という命題を立てる。そしてフランス革命が目指した共和制が、奴隷制などに頼っていた古代ギリシャやローマのそれとも、金持ちばかりが幅を利かせていたヴェネチアのそれとも違うと、定義の的を絞っていく。つまり序盤でガードを固めてしまう。そして、今度は労働者を疎外する当時の政府に批判を向ける。さらに、平等を確立する根本には平和がなくてはいけない、と論を発展させる。
 きっと賢い生徒なら気づいたかもしれないが、ジョレスは元教師として、生徒らが教室でたたき込まれている「序論→命題定義→論証→結論」という論理の立て方のお手本を示しながら、自分の考えを伝えているのだ。
 だが、それだけなら秀才の紋切り型の答案でしかない。ジョレスがヘビー級なのは、生徒たちに「君は何をすべきか?」と問いかけるように、話題を「勇気とは何か?」という、さらに哲学的かつ現実的なレベルに飛躍させていることだ。
 雄弁を武器に独裁者の地位にのし上がったヒトラーは『我が闘争』の中で、大衆の心理を掌握するには、同じメッセージを何度も何度も繰り返すことが肝要と言っているが、このテクニックはジョレスにも見られる。講演の最後で、彼は「勇気とは、いかなる職にあろうとも、誰もが実践家かつ哲学者となること」といったように「勇気とは△○であること」という定義を10回も繰り返す。それは一編の詩のようでもあり、リングコーナーに釘付けにしておいて浴びせる重厚なボディーブローのようでもある。しかも、それが風刺画や写真に見られるような、独特の激しいジェスチャーとともに繰り出されたというのだから、すさまじい迫力だったことだろう。多感な年頃の生徒たちは心を鷲掴(わしづか)みにされ、打ちのめされたにちがいない。
 ヘビー級雄弁家ジョレスが去って百年目の夏。気落ちしたら、アントニオ猪木の〈闘魂注入ビンタ〉ではないが、彼の言葉で喝(かつ)を入れることがおすすめだ。

アルビの高校で行った講演『若者へ』抜粋
(…)もし、勇気をみせるために人殺しを永遠につづけなくてはならないとしたら、人類は呪われています。(…)
 勇気とは、自分の意思を、印象や力の気まぐれに委ねないことです。避けては通れぬ疲労の中にあっても、努力したり行動する習慣を失わないことなのです。あちらこちらで私たちを急き立てるような、人生の果てしない混乱の中、勇気とは、職業をひとつ選んだら、どんなものであれ、それをきちんと仕上げていくことなのです。単調でつまらないことに意気消沈しないことです。できるかぎり、完璧な職人となることです。有益な活動に欠かせない、こうした仕事の専門化という法則を理解していくこと、それと同時にみずからのものの見方や精神に、より広大な世界や、より伸び伸びとした展望に向けてすき間を空けておいてあげることなのです。勇気とは、誰しもが、たとえどんな職業に就こうとも、実践家であるとともに哲学者となることなのです。勇気とは、自分の人生を理解し、そして深め、より緻密なものとして確立させ、しかし同時に社会全体の命と調和させていくことです。(…)勇気とは、自らの過ちを認めて苦しみながらも、それに打ちひしがれることなく自分の道を歩みつづけることです。勇気とは、人生を愛し、そして冷静な視線で死を見つめることです。それは理想に向かって進み、現実を理解すること。奥深い宇宙が自分の努力に対してどんな見返りを用意してくれているのか、また報いてくれるか否かにかかわらず、行動し、重大な問題に身を捧げることです。勇気とは、真実を探し求め、はっきりと口にすることです。世の中でまかり通っている、嘘の道理のなすがままにされることなく、自分たちの頭、口そして手が、愚かな賛美や野次を真似することのないようにすることです。(訳:川崎康介)
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