行きつけのカフェで、トイレに立ったついでにカップを持ってカウンターに行くと、「ありがた迷惑なんだよ」となじみの店主が顔をしかめた。ブルターニュ地方の日刊紙〈Le Télégramme〉が報じたUrssaf(社会保障・家族手当負担金徴収組合)の異常ともいうべき過度な措置が、全国紙やテレビで取りざたされ、波紋をよんでいるからだ。
2012年の6月31日深夜、モルビアン県のロクミーケリックという小さな村のカフェ・テアトル〈Mamm Kounifl〉で、女性客がトイレに行きがてらグラスを自分でカウンターに戻しているところを、居合わせたUrssafの監視員3人が目撃したことから悪夢がはじまる。
監視員たちは120人近い客がいる中、「不正雇用の現行犯、御用!」とばかりに店主のルフロック夫妻に襲いかかったというのだ。「夫は、外でショーウィンドーに押し付けられ、私は、三色旗のマークの入った職務カードを振りかざした女性の監視員に襟をつかまれたんです」というのはマリカさん。7月になって夫妻は従業員を雇っていないにもかかわらず、被雇用者分の7920ユーロの社会保障費の請求を受けた。支払いを拒むと、今度は「偽装雇用」の罪で逮捕、拘留されてしまう。
検察は夫婦を訴追しないことを決めたものの、Urssaf側は「このような飛び込みの手荒い摘発をするはずはない」、「偽装雇用の証拠はちゃんと押さえている」と、店主夫妻の主張をかたくなに否定し、追徴金も含めた9100ユーロを請求し続けて、民事訴訟に訴えている。
ブルターニュ地方では毎年、500件近くの不正雇用の捜査が行われ、避暑・観光地でもあるモルビアン県の飲食・ホテル業組合も、数カ月前から強化されているUrssafの監視の行きすぎに対して抗議している。
夫妻は罰金を払うことになるのだろうか? 今年中に判決が下る予定だが、裁判所の判断によっては、今後、「お店の人が助かるだろう」というちょっとした親切に対して、客も事業主たちも過敏にならざるを得なくなる。
だが、サービス料が値段に含まれているにもかかわらず「食器は自分で戻しましょう」というプレートを掲げている店があったり、顔なじみでもないのに「寒いからドア閉めて!」、「つり銭がないから、近くで小銭をつくってから来い!」などと要求し、客を客とも思わない横柄な店員に出くわしたりすると、「Urssafに通報してやるぞ !」と脅しのひとつでも吐いてやりたくなったりするのも、人情かもしれない。(康)