デュマ、食の物語 -9-

 『モンテ・クリスト伯』の主人公ダンテスには、いくつかの名前がある。モンテ・クリスト島の宝を手にして世界有数の富豪となったダンテス。この島の主人となった彼は自らを「船乗りシンドバッド」と名乗る。モデルはもちろん『千夜一夜物語』の主人公。少し前まで牢獄につながれていたダンテスは、島の地下に家をつくり、そこにたちまち桃源郷のような空間を作り出す。冒険物語好きの読者は、そんな夢あふれる情景にとっぷりつかり、わくわくする気持ちを抑えられない。
 そんな隠れ家を運よく訪れることになったのは、航海途中にこの島に偶然たどり着いたフランツだ。フィレンツェで贅沢三昧(ぜいたくざんまい)を味わってきた貴族だったが、この隠れ家の華麗な住まいと趣向をこらした食卓には、すっかり心を奪われてしまう。「わたしとしては、リュキュリュス(ローマの将軍で食膳に贅を凝らした)のように、もしお訪ねくださることが前もってわかっていたら、じゅうぶん準備をととのえておきましたのにと申しあげなければなりますまい」(山内義雄訳)と恐縮するシンドバッドだが、食卓にあがったのは、どんな客だって目を輝かしてしまうようなご馳走の数々だった。
 かごの中には、シチリアのパイナップル、マラガのザクロ、バレアレス島のオレンジ、フランスの桃、チュニスのナツメなどが盛られ、夕食には「コルシカのつぐみをあしらった雉子(キジ)の炙肉(あぶりにく)、ゼリーを添えた猪の塩漬、韃靼(ダッタン=タタール)ふうの仔山羊肉、みごとなかれい、大きな海老」など、料理人の腕が光る皿の数々…。全てのことに人並みあふれる情熱で取り組んだデュマにとって、食は道楽であると同時に趣味を越える研究対象であった。この章を読めば、ローマの将軍だってきっと驚くであろう、最高のもてなし法について学べそうだ。(さ)