11月22日朝、パリ6区にある高級ホテル〈リュテシア〉で、前日から泊っていたベルナール・カーズさんと妻のジョルジェットさん(どちらも86歳)が自殺している姿が発見された。二人はベッドに手に手をとって寄り添うように横になり、顔はプラスチックの袋で覆われていた。二人の脇に一通の手紙があった。「(…)法律が安楽に死に至ることのできる錠剤を禁止している。社会に何の負債もなく、税金もきちんと払い、職を全うし、その後はボランティアの社会奉仕に携わってきた人に、安らかに死んでいくかわりに、どんな権利で残酷な死に方を強制することができるのか」
二人は大戦直後、ボルドーで出会う。ベルナールさんは経済学と哲学を学び、高級官僚の職につき、多くの著作がある。ジョルジェットさんはラテン語の教師で、教科書なども執筆し、退職後はボランティアとしてフランス語を教えていた。次男が21歳で交通事故で亡くなるという不幸はあったが、60年間一緒に生活し、歳を重ねていった。
「二人とも死よりも、独りになることを、誰かに依存することを、おそれていました」と長男は語る。また近所の人たちも「いつも腕をとりあって一見しただけで愛し合っている、とわかるカップルでした」、「こんなことになるなんて想像もできませんでした。どちらもまだ生き生きしていて、気力十分に見えたのですが」と証言する。
尊厳死の権利を認めようとする協会のジャン=リュック・ロメロ会長は「フランスでは、主に重病に苦しむ人や老人が自殺している。首つり自殺や投身自殺という残酷な死がほとんどで、薬による自殺は10%。これも、未遂に終わるとさらに病状が悪化したりする。そして自殺した姿に直面する家族にとっても残酷だ」と言う。
フランスと違って、オランダ、スイス、ルクセンブルクでは、本人の肉体的苦痛が耐えきれないものであり、治療による快復の見込みがない場合、医師、家族の立ち会いのもとでの薬剤による自殺が認められている。そして実行に至るまで何度も話し合いが行われ、その過程で自殺を断念する人が50%以上いるという。
2010年、当時74歳で、体の自由がまったくきかなくなった作家のミシェル・コースさんは、スイスに出かけ、家族が見守る中、医師の投薬によって自殺する。その最後の日々を撮ったTVドキュメンタリーでは、彼女の心安らかに死を迎える表情が印象的で、大きな反響をよんだ。今度のカーズ夫妻の自殺は、立ち会いのもとでの自殺について真剣な議論がないフランスの現状への抵抗だったといえるだろう。(真)