デュマ、食の物語 ①

 アレクサンドル・デュマは、19世紀にフランスで活躍した作家だ。『三銃士』『モンテ・クリスト伯』などの歴史小説は当時の新聞に連載されて空前の人気を博し、現在でも、フランス国内はもちろん、世界中で読みつがれている。劇作家として27歳のときにデビューしたデュマは、生涯を通じて書き続けた。執筆にあたって協力者の助けを借りることがあったとはいえ、長編・中編小説、紀行文、回想録など、数え切れないほどの本を出版。その多作ぶりからは、この作家の飛びぬけた才能や、超人的なエネルギーが伝わってくる。そして、驚くべきは、その仕事量に比例するように、その人生がとてつもなく充実していることだ。常に旅に出かけ、新しい恋に夢中になり、原稿料が入れば喜び勇んで豪邸を建築し、やって来るもの皆に食べ物をふるまった。
 そんな、「人生の達人」と呼びたくなるような文豪が最後に著したのが『料理大事典』。この本の編集者によれば、デュマ自身よくこう言っていたという。「私は、500冊に及ぶ私の文学作品を、料理の本で締めくくろうと思う」。67歳のときに、「孤独、生活費の安さ、静けさ」を求めてブルターニュの漁村ロスコフで執筆を始め、その時代の食文化をあらゆる角度から紹介した。それまでにも、法律家のブリア=サヴァランや、貴族出身のグリモ・ドゥ・ラ・レニエールなどが料理についての本を出版していたけれど、デュマの事典はそれらとは一線を画している。デュマの祖父はオルレアン公の給仕長maître d’hôtelだったし、父は腕の良い猟師、母も料理上手で知られていた。そんな家庭環境にも恵まれたデュマは、森でイノシシを追いかけ、農家の釜を借りて料理をするような少年時代を送った。年季の入った食いしん坊作家による生き生きした食の物語は、読者をひきつけてやまない。(さ)