『ナノン』(1871年)は、サンドが67歳の時に書いた小説。主人公は、農村でつつましい暮らしを送る12歳の孤児ナノン。この少女が成長していく過程を通して、フランス革命期の田園風景を浮かび上がらせている。当時の農民は貧しく、パンを食べることができるのは週末だけ。平日に食卓に上がるのは、栗、そしてそば粉のお粥(かゆ)だった。聡明(そうめい)なナノンは後に一財産を築くことになるが、その初めのきっかけになるのは、大伯父が節約したお金で買ってきた羊のロゼット。この一匹のやせた羊を育てることで、ナノンは親切な隣人や、16歳の少年エミリアンとの親交を深めていく。自然の中で静かに生まれる友情や愛情は詩情に満ち、サンドがいかに田舎生活に愛着を抱いていたかがよく分かる。
物語は、革命後の恐怖政治の中、貴族であるエミリアンが罪人のらく印を押されて投獄されるところから勢いを増していく。勇敢にもその脱獄を助けたナノンは、彼と共に人里離れた森の中で暮らすことに。エミリアン家に昔から使える使用人、老デュモンも一緒に、3人はキャンプ生活を始めることになる。
とはいっても、それは「逃亡生活」から想像する過酷なものとは程遠いもの。ナノンとエミリアンには、昔ふたりで夢中で読んだ「ロビンソン・クルーソー」をうっとりと思いだす余裕さえある。「私たちのまわりにはジビエがあふれていた。私たちはあらゆる罠(わな)をかけたものだ。輪をつくってみたり、落とし穴を掘ったり、首輪を細工したり」。そうやって、彼らは毎日のように野ウサギやヤマウズラなどをつかまえ、川ではカワハゼなどの魚を釣る。最後には、デュモンが見つけてきた山羊を育てて、ミルクを飲み、健康な食生活を享受するまでに! 山羊も、豊かに茂る緑の草を食んで幸せそう。こんな世界にうっとり酔うか、ユートピアと笑うかは、読者それぞれにゆだねられている。(さ)