さよならエマニュエル。

 10月17日アムステルダムで、シルヴィア・クリステルが亡くなった。まだ60歳だった。クリステルといえば『エマニュエル夫人』。ショートカットの髪、まだどこかあどけなさが残る、アンニュイな表情の顔立ち、細い首には真珠のネックレス、大きくはないが形のいい乳房…籐椅子に座ったエマニュエル像は、時代を通り抜け世界中の数多くの人々の記憶に焼き付けられている。
 当時22歳でファッションモデルだったクリステルは、ファッションフォトグラファーのジャスト・ジャカンの目に留まり『エマニュエル夫人』の主役に抜てきされる。このソフトコアポルノ作品は1974年6月封切り。ソフトフォーカスの映像やピエール・バシュレ作曲のテーマソングの美しさもかって女性観客にも受け、公開から4年間で700万人以上の観客数を記録する大ヒット。シャンゼリゼ大通りの〈Triomphe〉館では553週にわたって連続上映され、上映禁止になったスペインからの観光客などが押し寄せる。日本でもヒットし、〈一般向け〉と〈成人向け〉の中間に位置する〈R指定〉ができるきっかけとなる。おとなしい外交官夫人が、哲学者マリオ(なんと名優アラン・キュニー!)に導かれ、複数のパートナーとのセックスを重ねていくうちに欲望を開花させていく、というストーリーは、70年代初頭にいき渡った「自由な性」という生き方、考え方に重なり合うところがあったのも、成功の理由の一つだろう。
 この『エマニュエル夫人』はシリーズになって7作品が製作され、クリステルは4作品に出演している。しかし、こうしたソフトコアポルノは、1975年にジスカール・デスタン大統領が、性描写があからさまなハードコアポルノを許可してからは、力を失っていく。
 シルヴィア・クリステルは、1952年9月28日、オランダのユトレヒトで生まれている。知能指数165という頭の良さで、飛び級4回、4カ国語堪能。20歳でミスTVヨーロッパに選ばれて、モデル界に入る。『エマニュエル』シリーズ以降は、シャブロルやヴァディムが監督する作品に登場したこともあったが、それ以外は、ほとんどがエマニュエルの延長線上にある役ばかりで、80年代半ばには映画界から忘れられていく。『エマニュエル夫人』出演当時は、ベルギーの作家ウーゴ・クラウスと交際していて、1975年に息子が誕生。その後は俳優のイアン・マックシェーンと付き合い、アルコールとコカイン漬けになる。その後2回結婚するが長続きせず、特に2度目の夫に全財産を横取りされてしまう。11歳からの喫煙がたたり2002年に喉頭ガン、2004年には肺ガンと不運はつづく。幸い、2006年頃から画家としての才能が認められ浮上しかけていたのだが…。(真)
Mélodie d’amour chantait le cœur d’Emmanuelle qui  bat cœur à corps perdu…

Sylvia Kristel



 

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