カリフォルニアでエジプト人コプト教徒が低予算で製作し6月に公開された反イスラーム映画『イノセンス・オブ・ムスリム』が9・11記念日にネットに載り、アラブ諸国で怒りの火が燃え上がる。映画は、予言者ムハンマドを小児性愛者かつホモセクシャルとして描き、俗悪シーンを無名俳優に演じさせている。ムハンマドの冒瀆(ぼうとく)とし、9月11日リビアのベンガジで武装集団が米領事館を襲撃、大使を含む4人が死亡。エジプト、イラン、パキスタンと反米運動に発展。パリでは米大使館前で無許可デモをした約250人のうち152人を取り調べ1人身柄を拘束。
フランスの風刺週刊紙〈シャルリー・エブド〉が上記の映画への怒りに答え、9月19日号表紙に映画『Intouchables 最強のふたり』をもじり、車椅子の予言者とそれを押すユダヤ司教が「からかっちゃいけねえ!」と叫ぶ、シャルブ編集長の風刺画。が、問題になったのは表紙ではなく裏表紙の風刺画で、裸体のムハンマドが裸の男の背後にいる体位だ。ここまでくると、いくら表現の自由といっても仏在住のムスリム穏健派でもカッとなるだろう(お釈迦(しゃか)様がこのように風刺されたらお寺のお坊さんたちはどう思うだろう)。
この号に対し政界からメディアまで「無責任」「火に油を注ぐ」「挑発」「掲載時期が悪い」「海外のフランス人在住者を危険に陥れる」「販売部数を上げるため」と批判の声。同編集長はRTLラジオで「ムハンマドやムスリム、人間を風刺していいのか悪いのかと問い始めたら、最後には何も表現できなくなる。そうなったら世界中で、フランスでいきり立つ少数の過激派連中が勝つ」と危機感を表明。26日発行の特別版「責任ある新聞」は、タイトル以外全頁空白にし世間の批判を逆手にとる。20年来シャルリー・エブドは、ラブレー、ヴォルテール、ドーミエなど歴代の体制批判作家の後継者としてペンを曲げようとはしない。
「アラブの春」を経た国々でイスラーム原理主義勢力が権力を握りつつある中で、イスラームの根源への回帰を目指すサラフィストや、同時に聖戦を伴うジハード・サラフィストなど、最近アルカイダ以上にこの過激派グループがメディアを賑わしている。かつて「アラブの春」と謳(うた)われた国々で聖法シャリーアが施行され始めており、特に女性に厳しい「アラブの冬」が到来。
イスラーム圏ではサウジアラビアを筆頭とするスンニ派と、イラン、イラク・レバノンの一部を制するシーア派が対立。表現の自由を盾に欧米作家が行うムハンマドの風刺、挑発に対し、イランはすでに1989年、ホメイニ師が小説『悪魔の詩(うた)』の著者サルマン・ラシュディに聖法ファトゥワにより死刑を宣告。以来23年間、潜伏生活を続ける彼を処刑した者への懸賞金をイラン政府はさらに50万㌦上げ330万㌦に引き上げた。イスラーム過激派はシャルリー・エブド編集長にも死刑宣告を求める。同紙は昨年放火事件にも遭っており、9月15日以来、建物周辺に警備隊が常駐。
欧米には人権、民主主義と不可分の表現・報道、信仰の自由がある。イスラーム圏には絶対神アッラーが君臨し、予言者などの風刺を作家の表現とはみなさないので、それを許す欧米社会とイスラーム圏の対立がさらに深まりそう。(君)