『アントワーヌ氏の罪』(1845年)では、身分の違うふたりの恋愛が語られている。サンドの小説お馴染みといえるテーマだ。主人公は、資本主義の実業家を父に持つエミール・カルドネと、貴族でありながら貧しい暮らしを送るアントワーヌ・ドゥ・シャトーブランの娘ジルベルト。そして、食べ物に興味のある者なら気になってしかたがない登場人物が、アントワーヌに仕える料理女のジャニーユだ。母親のいないジルベルトを娘のように可愛がるジャニーユは、少ないお金をやりくりして、没落貴族の親子の食卓を守る。田舎でとれる乳製品、ハチミツ、卵をベースに、ここぞという時には地鶏をつぶして見事に調理する。
特に、ジャニーユのつくる野生のブラックベリーのジャムにはエミールも思わず感激して賞賛する。ジルベルトは、「味見用のジャムをレシピと一緒にマダム・カルドネに送ったら、代わりにパインベリーをもらえるかもしれないわよ」などと、エミールの家族を意識した発言を。(パインベリーとは、パイナップルのような風味がする白いイチゴ)実直なジャニーユの答えは「庭で採れる大きなイチゴなんて、水っぽくていけないね。私は山になる小さなイチゴの方がずっと好き。真っ赤で、香り高くて。でもね、だからといって私のジャムの大きな瓶をエミールさんにプレゼントするのに全く問題はないよ。ママンがそれを喜んで受け取ってくれるならね」。エミールは、質素な暮らしを営むこの家族の寛大さと、裕福ながらも心の貧しい自分の家族とを比較して、嬉しいやら、悲しいやら…。
サンド自身も、自らつくったジャムを家族や親しい友人によく分け与えた。庭でとれるメロンのジャムを母親に届けた時は、「メロンはあまり長く持たない野菜だから、6週間以内に食べきってください」などと、手紙で細かく説明をしているのがほほえましい。(さ)