25年前くらいになるかな、常連だという友人と〈L’Impasse〉に初めて出かけた時、主人がいろいろ面白い話を聞かせてくれた。彼のお父さんは、市から依頼されて、サンタントワーヌ通りで野菜や果物を売っている露天商の荷車を一括して貸す仕事もやっていたという。1975年から76年にかけてマレ地区のこの通りに住んだことがあるが、まだまだ庶民的な通りで、サンポール寺院からバスチーユ広場に向かって、毎朝のごとく荷車が並び、おじさん、おばさんたちが「フランスのナシ、ナンバーワン!」などと叫んでいたものだ。荷車が小さいので、一人一人の品数は少なく、ニンジンとネギとセロリだけとか、モモとイチゴだけとかだったが、そのかわり値段も安く新鮮だから客が列を作る。「荷車を借りたい人は多かったけれど、更生できるようにと元娼婦に優先権があったんだよ!」と主人は言う。それでナットク。売っているおばさんたちには、きれいにルージュを引いていたりとか、色気のある人がかなりいたのだ。このImpasse Guéménéeの4番地にあった〈L’Impasse〉は閉業し、今はLe Gorille Blancというお店。今でもメグレ警視お気に入りのテーブルが残っているという。