ゾラの胃袋 12

 情熱的な画家が主人公の『制作』(1886年)。この作品には、画家の友人である作家のサンドーズ家の食卓が何度か登場する。そこには若い独り者の芸術家たちが集い、シンプルな料理、そしてパンをたっぷり食べて満腹になり、安ワインに水を混ぜたものを飲んでは、大いに語り合う。「貧しいながらも、彼はいつも仲間と分けあう一種の煮こみ料理をふるまった。同じ理想を抱く友人が全員集まるということは、彼にとってこの上ない楽しみだったのだ。」(清水正和訳)そんな習慣はサンドーズが結婚してからも続くが、メニューは年を経るごとに変化を遂げていく。例えばある日のメニューは「牛の尻尾のポタージュ、岩ホウボウの網焼き、茸をあしらったフィレ肉、イタリア風ラヴィオリ、ロシアの山ウズラ、トリュフのサラダ」
 皮肉なことに、サンドーズ家での食卓が豊かに彩られるのに比例して、その集まりからは昔のような活気や一体感が薄れていく。かつては将来を語り励まし合った仲間たちの道は少しずつずれていき、集まっても勝手にそれぞれの思いを話すだけ。かつてのような会話は成り立たない。心づくしの料理やめずらしいリキュール類も芸術仲間たちの心を溶かすことはなく、サンドーズ夫婦はふたりで途方にくれてしまう。
 ゾラも、まさにサンドーズのように、つつましい暮らしをしている若い頃からよく仲間たちを家に招いた。「一行も書かない日はなし」をモットーに、書斎にこもり仕事にいそしむストイックな日々の中、何よりの楽しみは食、特に友人たちとの会食だったという。友愛に対して信仰に近い思いを抱いていたというゾラだが、『制作』でモデルにされた友人たちの中には、小説のてん末に気を悪くした者もいたそう。ゾラには、どうやら小説で書いたことが現実になる傾向がある。(さ)

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