ゾラの出世作『居酒屋』(1877年)を読んでいると、主人公の生活の浮き沈みのあまりの激しさに、メロドラマを見ているような気になる。
ヒロインは洗濯女のジェルヴェーズ。初めは健気な働き者だったこの主人公が、好きな男に去られた悲しみや、貧乏な生活の苦しさに耐えきれずに段々破れかぶれになっていく様子は、真に迫っている分、空恐ろしい。
彼女の没落を如実に示しているのはエンゲル係数。若い時は倹約家だったジェルヴェーズは、年を経るにつれて食い道楽になった。誕生日のご馳走には、後先のことをすっかり忘れ、持っているお金をすべて食べ物や上等なお酒に費やしてしまう始末。何ページにもわたって綴られているその宴会の様子は、小説史上の記録的名場面と呼びたいような迫力がある。
その準備は、すでに前日から始まる。子牛のブランケットや豚肉のエピネなどを煮ていると、「近所の者たちがなんの料理を作っているのか知ろうと、あれこれ口実をつくって、つぎつぎにはいってきた。」(古賀照一訳)。誕生日当日は、洗濯女としての仕事はそっちのけ。朝から「驢馬(ロバ)のように」買い物を背負いこみ、質屋にドレスを預けてまで上等のワインを注文する。
にぎやかに始まった晩さんのメインは、界隈の肉屋で手に入るいちばん立派なガチョウ。このガチョウが切り裂かれると、皆がその肉に夢中になり、その香りは食卓のみならず街中を喜ばせた。イチゴとチーズのデザートの後にコーヒーを飲むころには、皆でテーブルのまわりを踊り、ワインを飲み、夜遅くまでその享楽的な時間は続いていく。
この宴会の様子は、小説を執筆した当時はまだ貧乏だったゾラが、心に描いた未来図だったのだろうか。人気作家になったゾラは、贅沢の限りをつくしたご馳走で客をもてなすことに情熱を傾けた。(さ)