大好きな友だちと一緒にいるのと同じくらい、 波に乗っている時が 一番楽しい。
あこがれのリゾート地として知られるビアリッツは、スペインとの国境をまたいで広がるバスク地方にある。街は静かな入り江を中心に広がり、伝説の残る岬が点在し、不思議な形の岩がせり出している。町の周辺には素敵な別荘が19世紀から立ち並び、坂を曲がるごとに洗練されたリゾートの安らぎを感じさせる。
この場所にサーファーたちがやって来たのは、1950年代後半。ヘミングウェイの「日はまた昇る」を映画化するために訪れた撮影隊も真っ先に波乗りに熱中した。現在では、世界の頂点を競うASP(Association of Surfing Professionals)のフランス大会も毎年9月(今年は9月23日から10月4日まで)に開催され、ヨーロッパサーフィンの中心地となっている。
サーフィンを始めるのに、こんなに適した環境はない。
ビアリッツ周辺にはサーフスポットが数多い。サーフブランド〈BILLABONG〉のオフィスやアウトレットショップが集まるオスゴーからスペイン国境にかけて、好みとコンディションによってポイントが選べる。最も人気のあるコート・デ・バスクはリーフ&ビーチブレイク。心が洗われるようなビアリッツの海が感じられるピースなスポット。メインビーチのグラン・プラージュの北には、整備された海岸線がとても機能的で清潔なアングレット。さらに少し行くとオスゴー。パワフルなウネリが炸裂し、ハードなチューブが現れる。このバリエーション豊かな波が、初心者から上級者まで「ビアリッツはサーフィンに最適の場所」と言わしめている。
アングレットに住む、マリ=ミツコさんは8歳からサーフィンを始め、各コンペティションに積極的に参加する。「今は大好きな友だちと一緒にいるのと同じくらい、波に乗っている時が一番楽しい」と語る彼女は、昨年はアキテーヌ地方大会(Championnats d’Aquitaine)でカテゴリー優勝し、ロキシーとも契約。学校が終わると、父親お手製のサーフボードキャリアが付いたモペットで海に向かい、波のないときも筋力アップのトレーニングをストイックにこなす。彼女の姿はさらに若い世代に道を示し、トントンサーファーと呼ばれるサーフィン創成期を知る年季の入ったサーファーたちを刺激する。
「ビアリッツがホームビーチ」と10年以上前からここに通うロングボーダーのピーターさんは「ショートボードももちろんトライしたけど、ロングボードのスタイルが気に入っているんだ」と、ゆったり波との対話を楽しむ大人のサーフィン。肩の力が抜けた滑らかなライディングはスポーツ競技としてのサーフィンと少し趣きが違う。家庭を持ったいまでもビアリッツに通い、「波に乗っている間、小さな悩みごとはすべて忘れて、心の底からリフレッシュできる」と言う。
ロングボーダーのピーターさん。
大気の動きと月の動きを観察。
なぜビアリッツにはサーフィンに適した波があるのだろうか。その理由には、風の動きと月の動きが密接に関わっている。フランスの大西洋沿岸には、カナダの北東部で発生する低気圧の風が海の水を動かし、大きなウネリとなって力強い波をもたらす。一方、月の引力によって導かれる「満潮」「干潮」といった潮位の変化が波高のあるサーフィンに適した波を作り出す。この大気の動きと、月の動きを観察することが、サーフィンを楽しむ上で重要なポイントとなる。全く波に乗れないコンディションが、潮の変化でいきなりチューブを巻くグッドウエイブに変わる。日ごろ、自然界からの合図が耳に入りにくくなった現代人にとって、サーフィンは大きな自然を感じる絶好のスポーツなのだ。
複合的な文化の共存が、国境を越えるサーファーたちと共鳴する。
ビアリッツのこうした地理的要因による波の良さは、今では世界中のサーファーに知られているが、この地を訪れると、偉大なる海からの恵みがその波だけではないことに気づく。自然との調和を尊ぶバスクの人々と、古くから旅人を優しく包んだ温暖な気候風土。バスク、スペイン、フランスそれぞれの文化が交じりあい、サーフィンを通じて得られる出会いの奥深さを感じさせてくれる。
サーフィンは、古代ポリネシアの人々が発明したといわれ、彼らの文化の重要な一部分を占めていた。19世紀に入り、ヨーロッパの宣教師たちが禁止したため、サーフィンは一度終焉(しゅうえん)を迎えるのだが、ハワイの英雄デューク・カハナモクがサーフィンの復興を成し遂げる。彼はオリンピック水泳選手として世界記録を樹立するとともに、サーフィンの普及に努め、人々が海とともに培ってきた文化と技術を世界に示し、サーフィンの楽しさを万人に伝えた。
その後、サーフボードの技術革新と、雑誌や映画などマスメディアの誕生によって、サーフィンは急速に全世界に伝播していった。ブルース・ブラウンの映画『エンドレス・サマー』(1964)は、波に魅了された人間の純粋な情熱を見事に描写した。それはヒッピー文化と同様、自由と調和という価値観を追求し、ファッションや音楽など様々な分野に影響を与え、時代を超越したメッセージを発信した。
だが、映画や写真では伝わらない感動が、実際に波に乗った瞬間に訪れる。それを知るサーファーたちは、国境を軽々と超えて、同じ感覚を知る人々と価値観を共有する。かつてない規模で異文化との共存を迫られ、心の豊かさを渇望する現代にあって、ビアリッツでサーフィンをすることは、我々に大きな気づきを与えてくれる。