職人技が息づくルーアンの伝統芸術。
まずは腹ごしらえと、地元で人気の〈Le p’tit bec〉で看板料理のグラタンを賞味。クリームもチーズも重くなく、家庭的でほっとする味。ノルマンディー産の自然派シードルを飲み干したころには、いつのまにやら店内は満席に。
全工程を手作業で行うルーアン陶器店〈Augy〉で工房見学。形を作り、1週間寝かし、980度の窯で10時間焼く。白い釉薬(うわぐすり)に浸して絵付け。2度目の焼きで完成。二つとして同じ物はないこの店の陶器は、ぽってり感と乳白色が素朴で優しい。イタリアで発達した陶器がルーアンに渡った16世紀は薬壺や宗教画が主で、色は青緑黄のみ。それが17世紀ルイ14世の統治下で王家の色、青一色に。シノワズリーの影響で中国柄も大流行。赤が誕生し、18世紀に入ると王侯貴族だけのものではなく大衆的に。人気柄はギリシャ神話に由来の「豊穣の角(つの)」。富、愛、子孫、収穫など幸福を運ぶとされ、人々は互いに贈り合った、という素敵なお話。
その足で陶器美術館へ。先ほど得た知識のおかげで時代背景がわかって興味深い。
おみやげにおすすめは、菓子店〈Auzou〉のlarmes de Jeanne d’Arc(ジャンヌ・ダルクの涙)。アーモンドを薄く包むキャラメルと上質なチョコレートが絶品。りんごを使ったお菓子が多いのもノルマンディーならでは。大聖堂とともにルーアンのシンボルである大時計がデザインのcadranは、りんごのペーストが甘酸っぱくて繊細だ。
larmes de Jeanne d’Arc
翌日、郊外にある縄ひもの製造博物館へ足を運ぶ。ここは1880年から1978年まで、船のロープ、聖職者の衣服やカーテンの紐を製造していた工場だった。直径5mの水車が供給するエネルギーを、無数の歯車や滑車が伝達し、膨大な量の巻き糸を回転させ、縄や紐が作られているのを間近で観察できる。すべてが連携しているのを目の当たりに言葉を失い、その機能の素晴らしさにひたすら感動。
市内に戻って、最後は鉄工芸美術館で締める。鉄製武器のコレクションが富裕層の間で流行した19世紀、創立者は種類を問わず鉄工芸品を収集。はさみや裁縫道具、宝飾品に室内や建物の装飾品まで、膨大な量の鉄製オブジェが旧聖ロラン教会の内部を飾る様は圧巻。近代産業のいまだ訪れぬ時代に手作業でこれだけの高度な細工が施されていたのだと、先人たちの技術に脱帽する。
多くの伝統芸術が受け継がれることなく消えつつある今、ルーアンで職人の手によって作られる物の美しさ、そして温もりに触れた。(み)
看板料理のグラタン
〈Augy〉で工房見学
絵付けは修正がきかない一発勝負。
この店の陶器
製造博物館
鉄工芸美術館
13000点の展示物はコレクションの半分にも満たない。