いまバチカンに大嵐が襲っている。というのは、第2バチカン公会議が1962-65年に制定した普遍項目に従わないために破門されたカトリック伝統主義派からなる〈聖ピウス10世友愛教会〉に属する司教4人の破門を解除すると、教皇ベネディクト16世が1月24日に発表したのはよかったのだが、その2日前の1月22日、その一人、リチャード・ウィリアムソン司教(英国人、アルゼンチン在住)がスウェーデンのラジオ放送で「強制収容所で死んだユダヤ人は20~30万人で、一人もガス室では死んでないと思う」と公言していたからだ。
バチカンは、教皇は破門解除を発表した時、ウィリアムソン司教がホロコースト否定説をラジオで公言したことは知らなかったとし、数日後に教皇は「ユダヤ人との全面的連帯」を表明。が、メルケル独首相は「教皇の言明は不十分」と抗議。ちなみにドイツではホロコーストを否定する者には禁固刑5年を科している。
教皇がウィリアムソン司教の暴言(?)を知らなかったではすまされない重大事件として論争を呼んでいるなかで、バチカンは「同司教が彼の言説を否定しなければ司教職を解任する」と表明。それに対し司教は2月9日付の独スピーゲル誌で「感情論でなく歴史的証拠が問題なのであり、それを得た時に私の言説を修正する」と答えている。また1989年には「ユダヤ人はイスラエル建国を世界に認めさせるためにホロコーストをでっち上げたのであり、すべて虚構にすぎない」とも公言している。
第2バチカン公会議は「信教の自由」や「他宗教(東方正教会やプロテスタント他)との対話」「各言語によるミサ」など普遍項目を制定。それに従わないルフェーヴル大司教が1987年に「聖ピウス10世友愛教会」を設立し教会が分離した。
ベネディクト教皇の伝統主義派への歩み寄りは、2007年にラテン語でのミサを認めたり、再婚者の婚礼ミサや離婚者の聖体拝受を認めないことなどにも表れている。教条主義・保守主義者といわれるベネディクト16世は、エキュメニズム(教会一致)のために同教会信者約15万人を吸収することを目指しているようだ。しかし、破門を解除したとしても問題の司教らに、第2バチカン公会議が決めたことに従う意志がなければ、彼らの破門解除も成立しないわけである。
反動的なホロコースト否定主義者である司教にまで手を差しのべようとした教皇の志向にショックを受けた一般カトリック市民が多い。週刊誌〈La Vie〉は5千人にのぼるカトリック系知識人の署名入り抗議文を発表。ユダヤ人社会は怒り以上にバチカンとの深い亀裂を感じとっており、アルゼンチンのユダヤ人社会は、同司教の言説を「人類に対する犯罪」とみなす。
ヨハネ・パウロ2世が生涯にわたってユダヤ教徒との和解に努め、カトリックとユダヤ教との間に築いた友好関係に冷たいすきま風?(君)