バルザックの性格といえば、豪快で楽天的ということが挙げられる。仕事には厳しく、校正を10回以上も重ねては印刷所に嫌われていたらしいが、その私生活は数々の面白おかしいエピソードで彩られている。一度名声を得るやいなや、貴族に憧れる彼は社交界へデビューするが、「大声を出し、絶えず懸河(けんが。急流の川という意味)の弁をふるい、どんな群のなかへもまるで砲弾のように飛び込んで行くこの頑健で肥っちょで赤い頬っぺたをした庶民には、宮廷御用の仕立屋ビュイッソンでも黄金のボタンでもレースの襟飾りでも、貴族らしい外見を与えることはできなかった」(『バルザック』ツヴァイク著、水野亮訳)。また、礼儀作法についても心もとない人物だったようで、後年、恋人の貴族ハンスカ夫人にも「食事の際ナイフを口につっこむ」などと文句を言われる始末。また、ひとたび執筆を終えるとレストランに繰り出して、出版社のお金を使って異常なほど大量のご馳走を食べたらしい。牡蠣を100個、骨付き肉を12片、小鴨のかぶ添え、ウズラのロースト、ノルマンディの舌びらめに、もちろんアントルメとフルーツも平らげたという記録が残っている。
バルザックが51歳の若さでなくなったのは、過労のせいだけではなく、過食のせいでもあったように思う。知能明晰のバルザックが過食の弊害を知らなかったわけでもないだろうが、おそらく彼の頭にあったのは、父から受けた「できるだけ陽気でいること。それこそが健康を保ち、寿命を延ばすもっとも確実な方法だから」という教え。『百科全書』の思想にどっぷりつかったバルザックの父は、この大辞典で説かれている「健康法」の項を熟読し、それを進んで実行していたという。(さ)