まるで彫刻のような立体的な造形美にはっとさせられ、「ゴーン」という独創的な音の響きに息をのむ…。この不思議な楽器を演奏するのはミシェル・ドヌーヴさん。クリスタルは、鍵盤の前に置かれた容器の水に指をひたし、その濡れた指で鍵盤を撫でると音が生まれる。金属の棒を通じて振動が伝わり、ステンレス製の大きなスピーカーで音を拡大する楽器だ。 5区はモベール・ミュチュアリテ。コレージュ・ド・フランス(フランス高等学士院)に続く坂道の、中世の面影を残す地下のカーヴが、彼の仕事場だ。パリのど真ん中に、こんな古めかしい場所があることに驚いてしまう。「ここは1952年、バッシェ兄弟がクリスタルを生みだした場所です」。20世紀の楽器製作の第一人者として知られるバッシェ兄弟の後継者として、世界中でコンサートを行い、作曲、舞台や映画音楽の制作に情熱を傾けている。そんなミシェルさんがクリスタルと出会ったのは、今から33年前。時はシンセサイザーの全盛期、パリ国立高等音楽院の学生だったミシェル青年は、「アコースティックな音」を探し求めていた。ある日、ふと耳にしたクリスタルの音色に、「これだ! この音の正体は分からないけど、探していたものを、やっと見つけた!」と一瞬のうちに魅了された。 「どこか特定の場所ではなく、5区というカルチエの全体像に惹かれるんだ」。ここはパリ発祥の地、シテ島の次にできた古い地区。「自然史博物館のある植物園、ローマ時代の闘技場アレーヌ・ド・リュテス、美しいタペストリーで知られるクリュニー中世美術館など、素晴らしい場所へ徒歩5、6分で行ける便利さがいい」。サンミッシェル界隈や大通りの喧騒にまぎれて見えにくいが、かつて栄えたラテン文化の影を残す足跡が、そこかしこに存在する。モベールに住んで20年、「その間に一番変わったのは、この地区のエスプリ。もう街角の小さなビストロやカフェにあった人情味あふれるシーンはなくなってしまったよ。昔は窓越しに世間話をしたり、人間同士の交流があったのにね」と、少し寂しそうな表情を見せた。 まだ知名度の低いクリスタルについては、「現代は、すぐに流行がきて、すぐに消えてしまうけど、何かを定着させるためには、根底からじっくりと作り上げていくことが重要だよ。ピアノだって、その素晴らしさを認められるまでに、150年もの時間が要ったんだから」(咲) *4月12日、東京・恵比寿の日仏会館でミシェルさんのコンサートが行われる。 |
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●Tabac du Collège de France 「今どき珍しく、コーヒーを1ユーロで飲める」とミシェルさんがよく足を運ぶ、コレージュ・ド・フランスのふもとにある、庶民的なカフェ&タバコ屋さん。奥には小さなテーブル席が4つあるが、たいていの客はカウンターでさっと立ち飲みしたり、タバコを買って帰る。ひっきりなしに訪れる学生や学者風のインテリっぽい常連たちが、和やかに談笑している。 21 rue Jean de Beauvais 5e 01.4354.5920 7h~20h。土日休み。 |
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