イタリアが生んだ世界的な写真家、マリオ・ジャコメリの作品165点が、国立図書館で見られる。
ジャコメリの作品は力強く、かつ抒情的だ。作者の感情の濃密さに打たれ、どんな人が撮ったのか、知りたくなるような作品だ。
ところがプロフィールを知ると、作品から想像する経歴とはまったく違うことに驚く。
ジャコメリは、アドリア海に面したマルケ州の村セニガリアの貧しい家庭に生まれ、生涯その村で暮した。そして13歳から亡くなるまで、印刷業を生業とした。写真を撮り始めたのは27歳のとき。プロになろうとか、有名になろうとかは考えず、ひたすら内側からあふれ出る創作意欲に突き動かされて撮った、独学の人だ。
村にはそんなに写真になる題材はないだろうに、と素人は思う。しかし、ジャコメリは、ありふれた題材を、想像力と独自の技法でドラマチックなものに仕上げた。
養老院の老人たちは、無言で人生を語っている。その表情は、ロマン派の画家ジェリコーが描いた精神病患者のものより、はるかに重い。
畑の上空写真は、X線か超音波で撮ったかのように、植物の色も形も消して、思いもかけない大地の姿を見せてくれる。「私が表現するのは風景ではなく、存在のしるしと記憶だ」という作者の意図がはっきり表された作品である。
聖地ルルドで、移動ベッドに横たわる病人たちを撮った写真では、寝ていても病人の体の中は動いていることがわかる。上空から捉えることで、立ち上がっている集団の魂を写し出している。畑で農作業をする女たちは、イタリア・ネオリアリズム映画の秀作『苦い米』(1949)に出ていたシルバーナ・マンガーノの姿に重なる。
ジャコメリの作品では、海の波は植物になる。雲は平原になる。”Metamorfosi della terra”シリーズでは、植物と大地が、人間の顔よりも厳しい表情を見せている。
聖職者の黒マントを着たままで、雪遊びをする僧たちは、雪の中のカラスの群れになる。
ジャコメリの作品では、人間・動物・植物・鉱物・自然・人工を隔てる壁は消えている。(羽)
国立図書館リシュリュー館 : 58 rue de Richelieu 2e
4月30日迄(10h-19h 日12h-19h 月休)。5€/4€。
Luniverre Gallery
パリに数少ないガラスアート専門ギャラリーで、オーナーは自身がガラスアーティストであるイギリス人マリアンヌ・スポッツウッドさん。
元々1950年代から20年以上パリでファッションデザインの仕事をしていた彼女にとってガラスが重要な存在になったのは、アメリカ人のご主人との結婚を機に渡ったニューヨークでのこと。ファッションの世界に疲れアートスクールに学んだ時、産業デザインのクラスで初めて触れたこの素材。以来ガラスはマリアンヌさんを魅了し続けている。
アメリカではガラスはアートの位置を確立していて専門ギャラリーも多いが、フランスにはこの分野の発表の場さえほとんどない。ガラス作品の価値をフランス現代美術シーンでも高めようと、1998年にオープンしたこのギャラリーには、マリアンヌさんが選び抜いた作品が次々に紹介されている。現在はロンドン在住の日本人アーティスト、野崎由実の作品。日本古来の「間」の精神を透明な素材で表現した作品は、庭園に差し込む月の光を見るようだ。(仙)20 rue des Coutures Saint-Gervais 3e
01.4461.0481 www.luniverre.com
野崎由実展は19日迄(13h-19h 月火休)。
●Pierre CHOUMOFF(1872-1936)
ロシア統治下のポーランド生まれ。1909年、圧制を逃れパリへ移住。ポーランド解放運動を続けながら写真家としてさまざまな分野の人物の肖像写真を残した。ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ロダン、モネ、アインシュタインなどのポートレート。
4/3迄(月休)。
Musee Rodin: 77 rue de Varenne 7e
●Dmitri BALTERMANTS(1912-90)
ソビエト連邦時代を代表する写真家。大戦中は軍付きの、戦後はクレムリン専属のカメラマンとして国家宣伝に利用され、スターリン後からゴルバチョフのペレストロイカ時代までは国家の変化、人々の日常生活を写真に収め続けた。5/4迄(月火休)。
Maison europeenne de la Photographie:
5-7 rue de Fourcy 4e
●Dionysiac
激情と歓喜に満ちた芸術衝動としてニーチェが説いた「ディオニュソス的」状態を、現代アーティストの作品に見る。過剰なほどの生命力と破壊欲。ほとばしる生のエネルギーは今日の社会にどう表現されるのか。5/9迄(火休)。
ポンピドゥ・センター
●Dans l’atelier
19世紀写真技術の創成期、アーティストたちは進んでアトリエ内の制作現場を撮影させていた。コロー、ミュシャ、ボナール、ロダンらの創作の瞬間。5/15迄(月休)。
オルセー美術館
●Bacon/Picasso
20年代末パリでピカソの作品を見たことで、ベーコンは画家になる決意を固めた。ベーコンが最初に注目された作品「磔刑図1933」や「ある磔刑の下の人物のための3習作」に対するピカソ1930年作の「磔刑図」を始め、ふたりの作品を対峙させる。3/2~5/30迄(火休)。
ピカソ美術館 :5 rue de Thorigny 3e
●Richard LINDNER(1901-78)
ドイツ表現主義興盛期のベルリンでグラフィックデザイナーとして過ごす。30年代、ユダヤ人のためナチスを逃れパリへ。そこでフェルナン・レジェの作品に出会う。1941年アメリカへ亡命。レジェ作品とつながるダイナミックで色彩豊かな作品は、アンディ・ウォーホル、ニキ・ド・サン=ファールなど次世代のアーティストに大きな影響を与えた。
6/12迄(月休)。
Musee de la Vie romantique :
16 rue Chaptal 9e