●Milan Kundera《L’Ignorance 無知》 すでに日本語を含め27カ国語に訳されている本書。その「オリジナル」がようやくフランスで出版された。帰還した。 邦訳の紹介には、歴史・地理的背景、すなわち舞台となるプラハとその地に関連する「亡命」という歴史的現実の背景が、ある種の作家クンデラ受容に重なっている。かえってフランスでの書評には、記憶や忘却など、ここ数年、文学の分野をこえて世紀の変わり目のテーマである言葉がよく使われている。 しかし…これは『L’Ignorance(無知)』という題の小説。本書の中で示されているように、それは「無知の痛み(souffrance de l’ignorance)」。つまり、ノスタルジー。つまり、「君は遠い、そして私は君がどうしているか、どうなったか知らない」という感情。つまり、「私の国は遠い、そして私はそこで何がおこっているのか知らない」というノスタルジー、無知の痛み。 かつてプラハのバーですれ違い、以来それぞれデンマークとフランスで移民として20年生きてきたジョゼフとイレナ。ノスタルジーとともに生きてきた二人にオデュッセウスのごとく「大帰還」の機会が訪れる。そして交わる二つの運命。二人が「国」へ戻ったとき、二人の出会いの中、溢れる無知の痛み。あふれる存在の感覚。 本小説はこの存在の感覚(sentiment existantiel)を軸に構成されている。20世紀の西洋、チェコの歴史やホメロスの『オデュッセイア』、記憶と時間について、恋人たちの記憶について。こうした「クンデラ的」な歴史的・哲学的な考察は、登場人物の存在感覚と交錯している。 本書は、是非、「国」を離れている人やある人と音沙汰のない人、「浦島太郎」に読んでほしい。小説における存在の感覚の体験が、各個人の現実の存在の感覚を震わすことだろう。(樫) |
邦訳:西永良成訳 |