ちょっと前の話になるが、フランス料理界で指折りのシェフであったベルナール・ロワゾー氏が自ら命を絶った。理由は、とある有名グルメガイドでポイントを落とされたということであったが、これを聞いたとき、まるで侍が自分の罪滅ぼしのために切腹するような話を聞いているようだった。
修行時代から彼の人生の目標は「ミシュランの三つ星」であったと本人が語っているインタビューを聞いたとき、ある意味では行き過ぎであるが、これが人生そのものを自分の仕事に注いできた職人気質なんだとも思った。
現在、情報過多の中でありとあらゆる選択が可能な世の中で、一つの目標だけにまっしぐらに生きていくのは非常に難しい。その反面、いまのわたしたちは人生の目標を一つだけに絞らなくともなんとか生きていける恩恵を受けているとも言えるだろう。ロワゾー氏は人生を「料理」というたった一枚の切り札を持って生きてきたような気がする。その切り札がなくなれば、当然、ゲームオーバーというわけだ。
好奇心だけは旺盛だが、なにも長続きしない自分をいつも恨めしく思い、その横で一つの目標だけにわき目もふらず突っ走っている人がいつも羨ましく見えていたが、今回のこの事件で自分のこの「無難」な生き方も悪くはないかもと思えてきた。人間は必ず死ぬのだから、その時が来るまで自分の好奇心に正直になり、なるべく楽しい生き方をしようかと思う。(さくら)