フランソワーズ・ジルー Francoise Giroud一 女性ジャーナリストのパイオニア、86歳で亡くなる。

 男性が支配していたジャーナリズム界で、指導的な立場についた初の女性といってもいいフランソワーズ・ジルーが、1月19日に亡くなった。86歳。
 14歳の時からパリの書店で働き、その後、映画界に入ってスクリプターになる。「女性蔑視で下品、女性にとってひどいところ」といいながらも、持ち前の負けず嫌い、「どんな男性の権威にも屈したことがありません」とがんばり抜く。
 第二次大戦中は、レジスタンスに加わり、1944年にゲシュタポに逮捕され、フレーヌの刑務所に収容される。
 1946年に、創刊間もない”Elle” 誌の編集長に抜擢される。1953年には、インドシナ戦争の和平解決を説くマンデス=フランスを支持する目的で、当時の恋人セルヴァン=シュレベールと “L’Express” 誌を創刊。アルジェリア戦争中も植民地主義をきびしく批判。
 1974年にはジスカール・デスタン大統領に請われて女性条件担当相として入閣、左派から裏切り者と非難されるが、「私の知っている限りでは、フェミニストには右派も左派もない」とはねつけ、シモーヌ・ヴェイユ厚生相とともに中絶合法化を実現した。(真)
“Je n’ai jamais été soumise à l’autorité d’un homme, quel qu’il soit.”

“Pour autant que je sache, le feminisme n’est ni de droit ni de gauche.”

彼女が創刊したエクスプレス誌も追悼号。