NE PLUS SE SENTIR PISSER
« Ne plus se sentir pisser(おしっこしてることがもう感じられない) »というのは、気分がよくなることがあって、突然自分を誇らしく感じることです。直訳すれば、知らないうちにもらしていることですが、それよりはかなりひんぱんに起こる現象で、別に恥ずかしがる必要はありません。カラオケ狂が、歌がうまいと拍手喝采されて完全にコンプレックスを吹っ切り、一晩中マイクを離さなくなるといった状態です。あなたがカラオケのファンなら、そんな人とは距離を置いた方がいいですよ。なにせ、おしっこ垂れ流しですからね。
ちょっと見たところでは、この表現は少しも下品ではありません。そのうえ、話し言葉では « la caisse » は「車」のことでもあります。私たちにはこれといった連想も浮かびませんが、多くのフランス人にとって « la caisse » は「 おなら un pet」のこと。そう「屁」です。あの下品な「へ」。子どもがいうところの » un prout »。床に落ちてみごとにこわれる箱を目に浮かべつつ、なぜフランス語がここまで下品になれるのか、わけがわかりません。「こわすcasser」は、口語では「おならをする」という言い方にもなりますね。

フランス語では、動物に関する言葉は、ふつう野蛮とか放蕩といった意味に結びつきます。 »la gueule » というのは動物の口で、 »se fendre la gueule(口が裂ける) » という表現は、 »la gueule »を用いるほかの表現同様、下品なものです。「げらげら笑う」、「楽しむ」という意味で、直訳したイメージからくるこわさはありません。とはいえ、大笑いすれば、「口裂け女」のようになりますね。
「すごいなあ、このパーティー! 楽しくてしょうがない!」


日本語では、ありとあらゆる雨の降り具合を擬声語で表現できますが、フランス語では、なによりも正確で豊かな語彙を使って記述することができるようになっています。少なくとも書き言葉では。というのも、話し言葉では、時々あっけにとられるような表現に出会います。たとえば « pleuvoir comme vache qui pisse(牛がおしっこするように雨が降る→どしゃ降りである) »。牛がおしっこをしているところを見たことはありませんが、なんとなく想像はつきます。
