●Ten
アッバス・キアロスタミ監督がまた手法の冒険を試みた。テヘランを走る1台のタクシー車内に設置した幾台かのDVカメラで、女性運転手と彼女が乗せる人々の姿と会話が記録されていく。題名のTenは女性運転手が遭遇する10の違った場面を示す。運転手の息子を除けばタクシーに乗り合わせるのはすべて女性ばかり、運転手の妹、祈りに行くという老婆、町角に立つ娼婦、失恋した若い娘…離婚した母親を「エゴイストで無責任だ」となじる少年のませた口ぶりには母親ならば皆身のつまされる思いがし、仕事は仕事と割り切って明るく生きる娼婦の口ぶりに励まされ、悲恋のあまり髪を剃る女性の姿にはその決意の重さに衝撃を受ける。台本がない、とはいえ台詞はあらかじめ準備されていた、という。だったらフィクションなのか、と問えばフィクションでは描ききれない女性たちの「今」が浮き彫りにされていく。ここにキアロスタミのたゆまない挑戦がある。(海)
●S1mone
騙されるかと思って本当に騙されたのが『Blanche』、『Les Sentiers de la Perdition』。でも駄作を恐れては『S1mone』のような意外な快作に出会えない。マッチョな駄作感漂う予告やポスターだけで本作を観に行ったチャレンジャーの勝負は、今回は吉と出るだろう。本作はヴァーチャル・スターという創造物に振り回される人々を描いたコメディーだが、イメージの問題を鋭く突き、脳天気に笑ってもいられない。監督は『ガタカ』を撮った人で、『トゥルーマン・ショー』の脚本家でもあり、虚構世界に現実の人間(トゥルーマン)を配置した試みから、今回は現実世界に虚構の人間を登場させた。しかし主演アル・パチーノの慎み深い佇まいは感動的でさえある。
騙されたと思って!(瑞)
●Vendredi Soir
あらゆるテーマをソツなく仕上げる器用さ(あんたはM .ウィンターボトムか!)と、観念的な冷たさが鼻につくのが、私にとってクレール・ドゥニ作品だった、この映画を観るまでは…! 舞台装置はいたってシンプル。渋滞地獄の夜のパリ、偶然出会う男女一組、それだけ押さえていれば十分。言葉は意味を伝える手段だけではなく、人はセコくて矛盾だらけで、世界は不可解な他人が無気味に蠢いている。そんな無愛想な夜のパリの風景は、私たちが知っている、ある世界の断片に忠実な顔をしている。人生の曖昧模糊を今までのように理性で片付けていないから、ドゥニの化学者的な冷たい観察眼が、主人公を包む繊細な眼差しと同義となり、平凡な情景が詩的に浮かび上がる。(瑞)