年頭に、60歳以上の高齢者への介助保障手当支給(3頁参照)を施行したフランスには、程度の差があれ誰かに依存せずには暮らせない障害者は約500万人いる。
2000年11月17日の破棄院のペルーシュ判決を判例に、昨年11月28日、破棄院総会は、産科医が超音波検査(エコグラフィー)でダウン症のリオネル君(6)を「異常ナシ」と誤診、母親に中絶という選択肢を選ばせなかったことを医療ミスとし、産科医に障害児への精神的損害賠償と母親への経済的損害賠償を命じた。
ペルーシュ判例とは、17年前にペルーシュ夫人が妊娠中に娘からの風疹感染を案じ、感染の場合は中絶を希望したが、医師とラボの”OK”という誤診に従ったため重症障害児ニコラ君を出産したと訴えたことから、誤診と損害の因果関係、その責任性が争点となった裁判だ。この判例の注目すべき点は、誤診した産科医と母親の係争において、第三者である障害児にも損害賠償請求権を認めたことだ。誤診されていなかったら中絶により生まれなかっただろうから障害児という損害は受けなかっただろう、民法にはない”生まれない権利”を子供に認めることになると、保守中絶反対派には恰好の論理が成立。
日々一刻一刻をわが子、障害児の生きる権利、尊厳のために闘っている親たちはこの解釈をどうとっただろう。身が引き裂かれるほどの衝撃だったにちがいない。
司法と倫理が拮抗するなかで、五体満足な胎児だけに出生が許される優生主義の芽生えを”倫理の危機”と叫ぶ政界人から、障害児を抱える家族の精神的経済的負担と受入れ態勢の貧弱さという現実を踏まえ、ペルーシュ判例を支持する法学者まで、国論を二分するまでに。
一方、医療訴訟の急増にそなえ、産科医の保険料を3倍(年87000F)に値上げする損害保険会社もあり、産科を止める医師や科を変える超音波検査員も少なくない。高年出産に多いダウン症児の検診には羊水検査も行われるが、超音波検査による胎児の障害発見率は約60%*といわれる。検診手段であるべき超音波検査に、胎児を取捨するための誤診0%が要求されることに堪えかね、年頭から数病院が超音波検査科を一時閉鎖、検査員らはストを決行。
ペルーシュ判例をめぐる司法と医療界の衝突を恐れた政府は、昨年12月に右派マテイ議員が提出した法案を基に修正案を議会に提出。まず「障害をもって生まれたことを何人も損害とみなすことはできない」と明言しペルーシュ判例を反故に。また産科医が胎児に直接障害を与えるか症状を悪化させた場合や重症障害を見逃した場合も医師の過失とみなし、障害児は損害賠償金の生涯補償を要求できるとし、ペルーシュ判例への妥協案とした。
1月10日、国民議会は満場一致( – 1票)で同案を採択。政府は同問題の法制化により訴訟社会化に歯止めをかけたいところ。
が、訴訟で障害児出産の補償金を勝ち取るか障害者手当(月3500F)に甘んじるかの矛盾は、米国式訴訟社会を予兆してはいないだろうか。(君)
*手足の奇形(85%)、心臓病(42%)、ダウン症(60%)。
ダウン症児出産年々減少
785人 1990 年
620人 1997年
355人 1999 年
超音波検査で胎児がダウン症と判明した際の母親の対応 (1000人中)
950人 中絶
50人 出産(うち45人は羊水検 査を拒否*)
*羊水検査は約1%の流産のおそれがあるため。
(Libération : 02/1/11)