ノマドたちの服がどんどん増えている。



Alain Mikliのカタログから
 現代人の「ノマド (放浪) 化」が謳われて久しい。電話やコンピューターを携帯して〈完全装備〉し、家やオフィスに縛られずどんどん自由に放浪しながら、路上でも車中でも飛行機のなかでもバリバリと仕事をこなしてしまう・・・人が、実際にどれだけいるかは知らないが、現代のノマドたちのための服がどんどん増えているのは事実だ。
 名前は忘れてしまったが、あるフランスの若手デザイナーは〈ファッショナブルで敬虔なイスラム教徒のため〉に、方位磁針つきのカーペット内蔵ジャケットを作っていた。イッセイ・ミヤケの「トラベル・ジャケット」は背部にリュックサックが内蔵され、洗面用具、マグライト、パスポートなどの最低必需品を入れる着脱可能なポケット付き。カタログには「一泊の旅、必要なものだけを持って手ぶらで出かける方法がある」と謳っている。「オーヴァル・サバイバル・キット」は、球状に圧縮されたTシャツとボールペンのセット。緊急事態にはTシャツを広げメッセージを書いてSOSを訴える。
 眼鏡デザイナーのアラン・ミクリはイッセイ・ミヤケのショーにモデルとして参加しているが、実は3年前から既製服分野にも進出。P・スタルクが内装を手がけた7区のブティックは、1階が眼鏡、地下が服コーナー。例えばカシミアのジャケットは、裏がメリル地(速乾・柔らか・皺にならないナイロン)だから突然の雨にはレインコートとして機能する。世界中をビジネスで旅する彼の経験から生まれた軽量、コンパクト、多機能、快適さなどを追求したデザインのものが多い。
 「どうしてマルチメディアとミニチュア化の今の時代に、分厚い辞書が入るような大きなポケット付きのカーペンター・パンツをはくのか?」という〈マリテ&フランソワ・ジルボー〉のフランソワ氏は、ライフスタイルの変化に応じて服も進化するべき、との持論から「ペアレンツ・ジャケット」を発表した。赤ちゃんを胸の前に抱くための「カンガルー」内蔵で、前身と両腕のファスナーで赤ちゃんの「出し入れ」がラクな設計。赤ちゃんを取り出した後は普通のパーカーに戻るから、子育てに積極的な都会派パパに最適だ。
 目が醒めるような変身の服、といえばイタリアのブランド、C.P.カンパニーだろう。誰でもが持つ「空が飛べたら」という夢を、ハンググライダーに変身するポンチョに託した。奇抜な変身ウェアはポンピドゥ・センターでも展示されたことがある。これから、ふかふかソファになるナイロン製パーカー、クッションになるベストなどが市場に出る。
 それにしてもこれらの多機能ウェアは、社会派アーティスト、ルーシー・オルタが自作の “服” で行うパフォーマンスを想わせる。英国人でパリ在住の彼女は1992年、クルド難民の映像に触発され「レフュジー・ウェア(リュックサック付きパーカー、また寝袋としても使える)」を開発し、これを使って救世軍の建物内や、パリ地下鉄駅構内などでパフォーマンスを行い「人間の疎外」を訴えた。以来「サバイバル・キット」など新しいコンセプト・ウェアで表現を続けている。家も何も持たない人のためのオルタの多機能ウェアと、数々のブランドが展開するリッチなノマドのための多機能ウェア。とても対蹠的だ。(美)

Lucie Orta
“Modular Architecture”
’97

C.P.Companyのソファーに変身するパーカー