メード・イン・シャラン


定番シャランテーズ。内側のウールのフワフワが暖かい。日本の通販では大人気で年に14万足を出荷する。



約半世紀前のシャランテーズ。踵とつま先に革が当てられ底も革製。工員さんなどは通勤・作業靴としても利用したという。この後、1980年代になってようやくcharentaisesの語が辞書に登場する。



底と銅を縫い合わせる



現在のロンディーノ社の長老、ジャン氏。
 ジワジワと足が冷えるこの季節になると疑問が湧く。どうして暖かな室内履き「シャランテーズ」はシャランテーズというのか?・・・シャラント県の特産品なのだろうが、なぜカンタルやカルヴァドスでなくシャラントなのか?
 シャラント県庁所在地のアングレームから約20kmのラ・ロシュフーコーへ。ここに我々の疑問に答えてくれそうな人物がいると耳にした。ジャン・ロンディーノ氏、年に700万足の室内履きを生産するロンディーノ社経営者のひとりである。今は亡き彼の父親こそ、家内工業だったシャランテーズを一大産業に押し上げたジェームス・ロンディーノ氏だ。ジェームス氏は、靴やシーツ、シャランテーズなどを行商すると同時に靴屋を営んでいた祖父と、その職人から靴作りを学んで靴職人の資格を取り、1948年にシャランテーズ会社を創立した。現在、3人息子 (ジャン氏は長男) が500人の社員の会社の舵を取る。
 疑問への答はこうだ。「1666年、コルベールがロシュフォールに港を開くと、アングレームなどの周辺地域は造船用の木材、大砲、布類等の流通で賑わうようになった。水兵のピーコートを作るためフェルトの生産が始まり、フェルト地の不良品や端切れが出た。製紙業も盛んなアングレームでは、紙の水分を吸収するために使われる厚いフェルトも使い古しが廃棄されていた。これらのフェルト地を靴職人が再利用して作ったものがシャランテーズの起源」。お百姓は冬、木靴のなかにこのフェルト靴を履いて寒さをしのぎ、買えない人は藁を入れていたともいう。ルイ14世の宮廷では侍従たちがこれを履いて静かに歩いたため “silencieuses” とも呼ばれた。
 では、次の疑問。スリッパやシャランテーズを履くと、どうも右・左が逆のような気がして反対に履き直すと、それも逆のような感じがしますが?「それは単に右と左の区別がなく同型だからです。伝統的フェルト底シャランテーズも同様。履き古して外側が擦り減ってきたら右、左を交換すればまた履けるのです。再利用から生まれたシャランテーズは、無駄がないんですよ」とジャン氏。現在はプラスチック底のシャランテーズが多いのは、これを履いたままパセリを摘みに庭へ出たりするためだそうだ (必ずしも「室内履き」とは言えないのだ)。シャランテーズ全盛期1970年代までは、90近い製造会社がシャラント中心に全国に点在していたものの今は20数社。ロンディーノ社の工場では、ウールのフワフワ生地の裏打ち、プラスチックの靴底を作るための型製造なども行われるが、ミシンを踏んでの細かい作業行程が意外と多い。自分のシャランテーズもこんなに多くの人の手を経ていたのだ・・・と、感動、絶句の工場見学であった。(美)



会社を設立したジェームス・ロンディーノ氏と、安価な輸入品との厳しい競争によるスリッパ業界の浮き沈みなどに関しては、この一冊(Ed. Arlea) に詳しい。85F

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