作品自体がフラメンコしている。

“Vengo”

 

 『ガッチョ・ディーロ』に続くトニー・ガトリフ監督の新作は『VENGO/ヴェンゴ』。前作では、ロマン・デュリス君が東欧を旅してジプシーのルーツに入り込んで行った。新作は、アンダルシアとフラメンコに、媒介人を立てないで突入する。いきなり心臓部に着陸っていう感じだ。フラメンコは、愛や憎しみや哀しみや喜びといった人間の感情の叫びといわれているが、この映画は、それを、まんま体感させてくれる。映画自体がフラメンコしているのだ。ガトリフ監督は外側から対象を撮ることを嫌う。いつも内側から外に発信する映画を撮る。
 濃い! 出て来る人達が濃い。顔も恰好も、直截的な感情の吐露も濃い。監督が  ”SUD=南” と呼ぶスペイン南部から北アフリカにかけての人達の文化というかそれを形成する彼らの血がそういうことになっているのだ。
 一番大事なのは家族。家族を守るためなら命も惜しくはない。映画の底を流れる物語として復讐劇がある。娘を亡くした哀しみから立ち直れないでいる主人公のカコ、彼の兄はカラヴァカ家の兄弟の一人を殺して逃走中だ。カラヴァカ一家は、カコが可愛がっている身障者の甥、ディエーゴの命を狙っている。誰かがいつかは犠牲を払わなくては済まない…。目には目を、歯には歯を、プリミティヴといえばそれまでだが、南では当然だ。血の中にそういうDNAが組み込まれているのだから…。
 理性教育が行き届いて、感情を露わにすることを謹んでしまう我々の文化を決して否定はしないけど、そこからフラメンコは生まれない。そして我々はフラメンコに感動する。無理矢理寝かしつけた原始の血が騒ぐわけだ。全編を貫く音楽と踊りに圧倒され酔っぱらった。(吉)


 

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