慌ただしい夕餉の準備時に不意の訪問者、フランス・ロワジール社の営業嬢である。本はよく読むか、好きな分野はと畳みかけてくる。会員(無料)になると定価の平均二十五%引きで、既刊の単行本を相当の割引率で供給するのが売り物だ。ただし、三カ月毎に最低一冊、同社が選んだ中から購入しなければならない。フランス人の読書欲の高揚に貢献してきたというのだ。
長く暮らした外国から戻って日も浅く、引越しで一トン以上の本を持ち帰ってってきていて、求職中につき余裕がないと言っても、「たかが年に四冊増えるだけではないですか」と動じない。蔵書の大半が研究書や専門書で、貴社が得意としているベストセラーや大衆本には興味がないと夫が応戦しても、ホームページでは四万点も検索できると反撃には抜かりがない。粘りに粘る相手には、電話番号と「次に訪ねていい日」を告げるまでお引き取りいただけなかった。
読書の習慣がなかった人を本に近づけるのに一役買っているのだろうが、書店・古本屋、図書館はもとより、書評や映画、友人の本棚からカフェで小耳に挟む会話まで、本とはいたるところでふいに出会う。無数の書物という大海はしばしば針路変更があっても、手製の海図をたよりに渡って行きたいではないか。(ディジョン・エミ)