委員らのスキャンダルで欧州委員会が総辞職。

 6カ月前から欧州議会議員の間でも批判の声がくすぶっていた、ブリュッセル欧州委員会委員による汚職や縁故採用などのスキャンダルが原因で、3月15日深夜、同委員会が電撃的に総辞職。
 総辞職の引き金となったのは、この1月欧州委の監査役として発足した調査委員会が3月15日に発表した報告内容だ。委員の中で特に、研究・教育分野のレオナルド計画担当委員クレッソン元仏首相の例が挙げられている。彼女の財政管理不足や、彼女が97年まで市長を兼任した町の歯科医を、欧州委の”科学派遣員”という名目でクレッソン委員が縁故採用し、彼の病気中も高額の給与を払っていたなどの不祥事だ。同時に95年以来サンテール委員長(ルクセンブルグ元首相)が率いてきた同委員会についても、”ヒエラルキーの中で各委員の責任感が希薄化し”、”執行機関としての統制力を失っている”と、厳しい結論を下している。
 この報告書を前にして、欧州議会のかなりの議員が問題のある委員の辞職を迫り、さもなければ1月にも出された不信任案を再提出すると、強硬姿勢。ここまで来ては委員会も降伏せざるをえず、全員一致の総辞職となった模様。が、サンテール委員長は「4年間の委員会の業績が6件の不祥事—4件は前期からのもの—に帰せられるとは !」と、ショックを隠せないよう。
 欧州委はドロール前委員長時代に急成長し、欧州官僚が占める巨大な機関となり、今日約1万6千人の職員が働いている。委員長は、15カ国首脳の力関係によって任命されてきた。95年ドロール氏の後任に、仏独はデハーネ・ベルギー元首相を推したが、メージャー前英首相が断固拒否し、無難なテクノクラート、サンテール氏が選ばれた。一方、加盟国が送りこむ委員*には”天下り的”印象がなくもない。ミッテラン大統領に使い捨て的に辞めさせられたクレッソン元仏首相もその類? こうした状況の中で、サンテール委員長に代わる、展望を持ったカリスマ的政治家の登場を求める声が強まっている。
 今回の欧州委の総辞職は突発的だったとはいえ、EU史上の転換点になったともいえる。欧州官僚の”カフカ的な城”にもとれる欧州委の委員たちを欧州議会議員が総辞職に追い込み、民主主義がEU空間で始動したこと。そして、もうじき施行されるアムステルダム条約によって、委員長の人選についても、欧州議会に拒否権が与えられるのである。
 委員会総辞職により、2000年1月までの空白をどうするかで緊急調整が迫られていたが、3月24日ベルリン特別首脳会議(議長国ドイツ)は、大半の首脳が適任者と認めるプロディ前伊首相を、代行委員長としてでなく、次期を含めての新委員長に決定。6月13日の欧州議会選挙の前に同議会が承認の予定。経済学教授でキリスト教系中道左派の”イタリアのドロール”といわれるプロディ氏が、欧州委員会の新たな出発点に立つわけである。

(君)
*英独仏伊スペイン各国2人、他の国は1人、計19人




 

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