本場ならではのベレー帽の被り方。


バイヨンヌ出身のこれぞバスク男!
「ベレーといえばバスク! バイヨンヌはバイヨネットも有名ですぞ」とお国自慢。
「正しいベレーの被り方は」と聞くと、即座に帽子の形を整え、背筋を伸ばした。


 



これぞ、フランスの誇り(?!)ベレー帽。日本でも中高年のおじさんたちが「絵描き風」に斜めに被ったり、漫画家たちが、トレードマークにしたり。とある日本のメンズファッション誌の最新号は「帽子を被ろう」と題して赤や、古典的な紺色のベレーを推奨している。私も、制帽のベレーで毎日幼稚園へ通っていた。

シャンゼリゼでのイベントを控えて
何やら楽しそうな軍人さん。
ポーズもリラックスの紺色ベレー。

 


 ベレー帽といえばバスク地方、というのがまるで常識のようになっている。ところが発祥の地は、実はお隣のベアルヌ地方だということを、最近フィリップ・ジュヴィオン氏の著書「ベレー」で知った。ラルースその他いくつかの辞典もベレーの真実を掲載していない、とベアルヌ出身の著者は嘆く。とはいえ、ベアルヌ地方の中心都市ポーと、バスク地方の中心であるバイヨンヌは、どちらもピレネー・アトランティック県にあり、地図で見てもすぐ隣だ。

ブルターニュ地方で「ギャレット(クレープ)」と呼ばれるベレー。ドゥワルヌネ市のマーク入り。アルプス猟歩兵が被るのは「タルト」。

 


 ベレーの起源は、昔ベアルヌ地方を支配していた古代ローマの兵士たちが、ピレネー山中の厳しい天候に耐えるために被っていたbirretumという帽子。それを土地の人々が真似、改良(頭にフィットするタイプのものなど)。はじめ羊飼いが被っていたものを行商人が地方一帯に広め、11世紀ころになると、聖職者も「頭を蚊やハエから守るため」に着用するようになった。色、かぶり方、直径などで、どんな職業か、どこの村の人かが分かったという。「ベレー・バスク」という言い方を広めたのは、バスク地方が好きだったナポレオン3世。1854年、ビアリッツを訪れた時にベレーを被っている人たちを見て「ベレー・バスク」といったのが新聞にも取り上げられ、この少し歪められた事実が常識になったそうだ。

おしゃれベレー。レアールにて。

 


蚤の市の古着屋さん。
さすがプロ。サマになっている。

 


 日本だと、ベレーというとインテリかモンパルナスのアーチストたち、優雅なテニスマンなどの「おしあわせ」なイメージが先行するけれど、フランスではそうとも限らない。軍隊では赤ベレーはパラシュート部隊、青はヘリコプター部隊、緑は傭兵、紺はその他、と区別して使っている。第二次世界大戦中のレジスタンスとかチェ・ゲバラなどに見られるように、抵抗や革命のシンボルでもあるようだ。日々の生活では小銭入れに使われたり、キノコ狩りではキノコ入れになったり、本場ならでは、といったところか。昨年の7月にアルデッシュで開催された『ベレー投げ世界選手権』では、47mの記録が出たそうだ。これもやはり本場ならでは、か。

(美)