やりまくるほどに奈落に落ちる。 L’Ennui 監督 : セドリック・カーン


 やりまくる映画である。(下品な表現でスミマセンが)やりまくれば、やりまくるほど主人公は奈落に落ちて行く。性の不一致を理由に離婚するケースは多いが、彼の場合は性のまれにみる一致に苦しめられるのである。
 遅咲きの大器(?)、シャルル・ベルリングがマルタンという主人公を演じる。彼は金持ちのボンのインテリで大学の先生… と言えば、よくあるタイプのフランス映画の主人公だ。多くの主人公たちと同様に、彼も悩んでいて行き詰まっている。精神分析にかかれという忠告も多い。カップル生活は破綻したばかり、仕事にも集中できない、流行の仏語で言えば depression nerveuse (神経衰弱)ってやつだ。ここで、ぶつくさ言いながら自問自答しているだけなら、よくあるタイプのフランス映画で終わるのだが…。
 マルタンの場合は、セシリアという娘と出会ってしまう。その出会い方というのがまた不思議なのだが、それは観てのお楽しみということで、このはっきり言ってダサクて面白味のない娘にマルタンは自分の意志とは裏腹にどんどんのめり込んで行く。余談ですが、同性の目には何処が良いのか全然分からない不細工な娘がやたらに男にもてるケースを(吉)は何回か目の当たりにしてきた。こういうのを”男好きがする女”というのだろうが同性には何故そうなのか永遠の謎だ。とにかくセシリアと、彼女を演じる素人から抜擢されたソフィー・ギレマンは、そういうタイプの女なのだ。おまけにセシリアには感情というものがないらしい。それがマルタンを苦しめる…。
 セドリック・カーン監督の『L’ennui』は、モラヴィアの原作のお陰か、よくあるタイプのフランス映画の枠からちょっと飛び出せた作品だ。

(吉)


●心がほっとするアニメ短編3作 
 互いに強情を張り続けるためになかなか結ばれない雄鳥と雌鳥を描いた「アオサギとツル」。霧の中で迷子になってしまったハリネズミの不安いっぱいの冒険を描いた「霧に包まれたハリネズミ」では、不器用に動き回る切り紙の動物たちが愛らしく、童心に帰ってワクワク、ドキドキ。「話の中の話」では、現在と過去、現実とおとぎ話のような夢の世界が混ざり合いながら、季節の色に溶け込んでゆくありさまが淡々と描かれていく。タルコフスキーの静かで雄大で研ぎすまされた映像感覚が少し思い出された。 
 ロシアのアニメ作家、ユーリ・ノルシュティンの独特な世界は、ディズニーやスピルバーグにはない素朴な暖かさに溢れている。

(海)

 


 

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