成仏できないモンタン

 成仏なんて言葉はフランスでは通用しないかもしれないけれど、こともあろうに、フランスのシンボルであったあのイヴ・モンタンの亡骸が掘り出されるとは ! モンタンを自分の父親であると信じる女性(22)が死後の認知を要求し、彼の死後6年経った11/6日、パリ控訴院は遺体をDNA鑑定に付すことを決定。
 つい最近亡くなり黄泉路を急ぐバルバラと入れちがいに俗世に引き戻されるモンタンは、きっと耐えがたい屈辱感でいっぱいだろう。
 1974年「潮騒」を撮影中、モンタンに魅せられた当時19歳の女優アンヌ・ドロサール。彼女の娘オロールは生まれた時からモンタンを父親と信じるが、モンタンは認知どころか血液鑑定も拒否しつづけ91年に急逝。89年キャロル・アミエルとモンタンの間にヴァンサンが生まれてから、ドロサール母子の闘いが始まる。知人らの証言と、オロールがモンタンに似ていることに基づき、94年の裁判ではオロールはモンタンの実子と認められ、遺産の1/6(シニョレの娘カトリーヌ・アレグレ、ヴァンサンら認知された子の半分)を相続するはずだったが、遺族らはそれをはねつけ控訴。今回のDNA鑑定施行の判決に至る。
最近まで子供は父親の認知に依存するほかなかったが、国連の児童憲章により子供にも自分の親を知る権利が与えられた。オロールは父親に期待できなかった愛の代わりに法廷に真実を求めたといえる。98年6月末前にモンタンの墓が開けられる予定。
 死体を掘り出しての遺伝子鑑定はほとんどの場合、殺人や強姦による殺害等の容疑者割出しのためになされる。モンタンの場合は、沈黙を守りとおした彼の父子関係の真偽を亡骸に語らせ明らかにしようとする判決だ。父子関係判明のための遺伝子鑑定はどこまでも本人の同意を前提としているが、控訴院はモンタンの亡骸からは同意は得られないとし、裁決に踏みきる。96年2月エクス・アン・プロヴァンスの控訴院でも同種の判決が下されている。
 今日、裁判は科学の力を借りて、死者の永眠を乱してでも真実を探ることができるわけだ。が、倫理諮問委のシャンジュー委員長は、死者の生前の意志は”精神的遺言”と見なすべきで、最期まで鑑定を拒否したモンタンの意志を尊重すべきという意見。また、死者と生者とのどちらの権利を優先すべきかを問う哲学的な見解も聞かれる。家事法専門家オセール教授は、モンタンも遺族も、父なし子オロールに父親を知る権利を拒むことはできないとし、彼女を支持している。
 離・再婚による複合家族が増えている中、実子、養子、里子、連れ子、私生児、不義の子まで、父子関係を争う訴訟は、92~95年の3年間で472件から698件に急増している。
「枯葉」では、”静かに音もなく”(Tout doucement sans faire de bruit~♪)、恋の足跡は波に消されてしまうけれど、モンタンが蒔いた種は消えなかった。そして故人の意志ではあちらが立ってもこちらが立たず、裁判官もDNA鑑定による非人間的な裁断に委ねざるをえなかったようだ。      (君)

 

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