「子供のころの思い出は地面から1メートル20センチのところで作られる。大人になって同じ角度から見ようとしても、もう無理だ」 ダニエル少年がそう考えたのは、コーヒー色のお父さんと、白いお母さんの出勤前の朝のキスを見ながら。ふたりは下唇対上唇の「半分ずつのキス」をする。少年の心に刻まれる、毎朝の光景。たったそれだけのことにも、胸の内にわき上がる思いは果てしがなく、「……この話をちゃんとするには、一生かかりそうだ」 カフェオレ色のダニエルはもうすぐ10歳、13人兄弟の11番目で、総勢15人の大家族は狭い家に折り重なるようにして住んでいる。今日は1958年9月のある日……。 ミステリー作家のダニエル・ピクリが、家族への思いをこめて書いた自伝的物語です。少年の忙しい視線とスパークし続ける頭の中をそっくりそのまま写し取ったみたいなめまぐるしさ! 言葉の洪水! 喜びに落胆に悲しみに驚きが、420ページの活字のあいだからこぼれ落ちそうです。 ノスタルジーなんて入り込む余地もなさそうに生き生きと幸せな一日だけれど、犬のカピが死んでしまったように、季節が秋へ移り変わっていくように、この時代にあったものが今はもうないように、毎日は少しずつ変わっていくものだから、読後、やっぱり少し切なくなります。「姉さん、数はいくつで終わるの?」「終わらないの! ずーっと一を足していけるのよ」。 人生はそうはいかないって、ダニエルもどこかで気がついているのです。少年時代の一瞬を描いた作品は多いけれど、なぜだかレイ・ブラッドベリ描く少年を思い出しました。ミステリー作家ならではの、ブラックな味付けがあるからでしょうか? 「ぼくらの原っぱ」Le champ de personnne ダニエル・ピクリ著 松本百合子訳 NHK出版 ¥1,900 |