パリでタクシー運転手をしている人の書いた手記です。 資格試験の内容、賃借タクシーから棒給タクシー、そして個人タクシー運転手へステップアップしていく構造、業界のさまざまな規定、客として知っておきたい細かい料金システム。身近でいて、よくは知らない世界を内側から書いていて、興味の尽きない本です。…なんていうふうに、紹介するだけでも、この本はいいのかも知れません。それだけでも読みがいはあるのですから。ただ、著者は韓国人で、それも、亡命者。北朝鮮からのではなく、 南からの。韓国から亡命する人がいるなんて、わたしは考えたこともありませんでした。 企業の駐在員としてパリに住んでいた’79年、学生時代から関わっていた南朝鮮民族解放戦線のメンバーが本国で一斉摘発され、著者は亡命を余儀なくされます。生活 のためにタクシー運転手になり、仕事効率のいい夜のパリを流しながら、いつも考えるのは韓国のこと。デート帰りの恋人たち、話し相手を求める老婆、傍若無人な観光客、タダ乗り客。夜中のパリの情景をはさんで、著者の半生が語られます。帰るに帰れない「祖国」、どこかでタクシー運転手になりきれない自分。 それにしても、70年代、80年代の話です。わたしは、自分の無知にがく然としました。どうして、隣の国のことを、こうも知らないのでしょう。まるで、どこか別の星の話のようです。著者は、日本語版に向けてのまえがきに、こう書いてます。<(日本と韓国)の間を指して、しばしば「近くて遠い国」という。しかしヨーロッパの地から見れば、「ただ近い国」なのであり、「いっそう近くならなければいけない国」である> (子) 「コレアン・ドライバーは、パリで眠らない」洪世和 米津篤八訳 |