目下、フランスで爆発的に売れているコメディ映画があります。人気コメディアンのArtusが自作自演した『Un p’tit truc en plus ちょっとした追加ごと』で、公開3週目にして340万人を突破しました。『猿の惑星/キングダム』を抑え、今も首位を独走中です。
宝石店の強盗犯として逃走中の犯罪者親子が、警察から逃れるためにハンディキャップの人たちの林間学校に紛れ込み、ひと夏を過ごすというフィールグッド・ムービー。Artusは障がい者のふりをし、そのまま居座る青年、ベテラン俳優クロヴィス・コルニアックが彼の父親を演じています。
ポスターの雰囲気からも想像がつくとおり、ギャグや演出はかなりベタで、カンヌ映画祭が公式セレクションに選ぶタイプの作品ではありません。ただし、今回は話題作につき、映画のプロモーションを兼ね、レッドカーペットを歩くことに。そのことは映画祭が始まるから、国内で大きな話題となっていました。
というのも映画祭開催直前の5月11日、Artusはラジオ番組に出演し、どの高級ブランドもレッドカーペット用の衣装を貸してくれなかったと訴えたからです。「なぜだかわからないけど『全部衣装を貸してしまった』と言われるんだ」「ブランドにとって、Artusやハンディキャップの人より、ブラッド・ピットに衣装提供した方がエレガントなんだろう」とArtusの弁。
しかし、その公の訴えが効いたようで、その後いくつかのブランドが立候補。結局、Artusにはディオール、その他の俳優たちにはケリング・グループが衣装提供を約束しました。そして5月22日、Un p’tit truc en plus組も美しく着飾ってレッドカーペットを歩くことができたのです。なんだか色々と考えさせられるこぼれ話です。
ちなみにカンヌでは1996年に、ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の映画『八日目』で、ダウン症の俳優パスカル・デュケンヌが、名優ダニエル・オートゥイユとともに男優賞を獲得しました。しかし、それももう30年近くも前のこと。もっとハンディキャップの俳優がレッドカーペットを歩く機会があると良いですね。
さて、Un p’tit truc en plus組に衣装提供をしたケリングですが、実はその傘下のサン・ローランが今年のカンヌで抜群の存在感を放っています。昨年正式に映画製作会社を立ち上げ、3本の長編映画の製作と映画衣装に参加。今回その全ての作品がコンペ部門に選ばれたのです。その作品とはジャック・オディアール監督『Emilia Perez エミリア・ペレス』、デヴィッド・クローネンバーグ監督『Les Linceuls ザ・シュラウズ』、パオロ・ソレンティーノ『Parthénope パルテノペ』。どの監督もネームバリューの点で申し分ありません。とはいえ、巨匠と言えども必ずしも傑作を撮ってくれるとは限らないのが、映画の博打的なところ。
しかし、この3本の中で、オディアール映画は現地で大好評で迎えられました。「メキシコマフィアのボスが性転換するのを助ける女性弁護士を追うミュージカル映画」なのですが、映画の概要だけを聞くと相当危険な賭けに見えなくもありません。それが映画祭授賞式前日である現時点(24日)で、ジャーナリストの下馬評のトップに君臨しています。サンローランの賭けは吉と出そうな予感……
本作が最高賞となれば、昨年のジュスティーヌ・トリエ監督『落下の解剖学』に続き、2年連続でフランス映画&フランス人監督の受賞に。オディアールはすでに『ディーパンの闘い』(2015年)でパルムドール受賞者なので、他の人が獲ってほしいという気もするところですが。まだ上映されていない作品も残っているので、まだ最後まで目が離せません。
さて、全11日の映画の祭典も今日はいよいよ最終日。カンヌ映画祭の授賞式はフランス時間で5月25日18h45から。フランス国内はFrance 2局で、海外からはBrutで視聴可能です。(瑞)