『12 jours』
よく磨かれた床、無機質な白い壁。カメラは滑るように廊下を進む。ここはリヨンの精神科病院。密室で患者と判事の面談が始まる。フランスでは2013年の法改正により、強制入院させられた精神病患者は、拘束されてから12日目を迎えるまで、外部の判事と面会をする。強制入院のプロセスが正しく行われているかを、精神科医以外の人が確認する措置である。
3台の固定カメラは、患者や判事の言葉や表情をつぶさに捉える。大抵の患者は病院の拘束を不当とみなし、それぞれのやり方で訴えるだろう。薬物中毒者、幻聴を語る人、そして殺人者……。こう書けばさぞ常軌を逸した人々と思うが、カメラの前の患者は、どこにでもいそうな生身の人間だ。彼らは基本的に従順だが、時に判事を挑発し、悪態をつき、懇願もする。判事に足し算をさせたり、カメラに腕の傷を見せ「ズームインして」と言うなど、場違いな瞬間の数々は、不謹慎ながらドキュメンタリーならではの面白さにも満ちている。
孤独から自殺願望を語る女性や、子供と引き離された女性の苦悩はとりわけ重く映る。モラハラで精神バランスを崩し涙ぐむ女性は、運の悪さからここにいるとさえ思ってしまう。聞き役の判事はみな親切で有能そうだが、患者の訴えを聞き入れ、入院継続の判定を覆すのは稀なことのよう。「異議があれば十日以内に書類を提出して」という言葉も、虚しく響く。
監督は今が円熟期のドキュメンタリー作家レイモン・ドパルドン。社会から隔離され、封印される言葉を白日の下に晒(さら)す。それは人間的な、あまりに人間的な魂の告白。フランスでは年間9万2千人、1日当り250人が精神科病院に強制入院させられるという。精神病患者のイメージも崩される87分の慎ましき傑作だ。(瑞)