彫刻家井上佑吉さん75歳。3歳の時、英語教師だった父親は召集され沖縄で戦死した。母は彼が2歳の時、妹さん出産後病死。1966年、23歳、船で神戸を発ちジブラルタル着、マドリードを経てパリに。パリ国立美術学校彫刻科に学ぶ。級友H子さんと結婚。78年からヴェルサイユ先のエランクール市の元僧院が、芸術家のために改造されたアトリエで制作する。
井上さんは79年パリ青年彫刻展大賞やフランス学士院芸術アカデミー彫刻賞も受賞し、仏内外の野外石彫モニュメントなども制作。現在ライフワークとして取りかかっておられる「千一個の頭像(かしら) 」制作の動機は?
当初はヴォルヴィック産の石で 「黒い森」シリーズを制作していたのですが、05年に沖縄戦没者追悼60周年式典に参列するため沖縄を訪れましたが、紋切型の空疎な式辞や形式的な雰囲気に失望しました。妻の死を戦地で知り、幼い子供たちを遺して逝った父の慟哭と無念、一人息子を亡くした祖父母の悲嘆を想わずにはいられませんでした。それが契機となり「人間の尊厳」というテーマで、沖縄の地に果てた父の一部ともいえる琉球石灰石を使って彫刻にする新たな展開を決意しました。そのための20㌧の石を沖縄から取り寄せるため多くのフランス人友人がこの計画に共鳴し協力してくれました。ノミをふるい、石を刻むことは、父や死んでいった多くの人たちとの対話の時でもあります。「千一個」とは京都の三十三間堂の〈一千一体仏〉から示唆を受けました。今やっと300個余です。大きさは40cm位、乳白色の石がそれぞれの表情をつくっています。空いている穴は弾丸の跡かもしれません。「塑造のように粘土を足していくのではなく、削り込んでいくことは、硬くて重い抵抗ある物への挑戦です。石にも魂があり、それを引き出すのが面白い」(2011-11-25:西日本新聞のインタビューから抜粋)。
人生の始まり、遠い日々の記憶。戦争というものに関わりのあった最後の世代。狂気と混沌、極限の生への渇望。破壊と再生を反復する人間の愚行。破壊は存在するモノしか壊すことができないが、創造は無限かつ普遍的という真理を信じることが、わたしがフランスにいる理由の一つです。