フロベールの作品には食の描写が多いけれど、中でも忘れがたいのは『ボヴァリー夫人』(1857年)に出てくる婚礼のごちそうだ。ここぞとばかりに念入りにおめかしをしたノルマンディー地方の素朴な人々を迎えたのは、牛の腰肉、若鶏のフリカッセ、子牛のシチュー、羊のもも肉、子豚の丸焼き、腸詰……。泡をたてる林檎酒に、グラスになみなみとつがれた葡萄酒。そんな中、田舎の招待客を何よりも驚かせたのは、「初お目見得の土地というので念入りにはたらいた」、町の菓子屋が運んできたピエス・モンテ。
この小説の読者は、ここで、ピエス・モンテについての念入りな描写に驚かされる。「d’abord(まず)」と作家はケーキの土台に使われている 「四角な青いボール箱」を「殿堂」にたとえ、 「puis(ついで)」スポンジケーキの「天守閣」やそのまわりのかわいい「砦(とりで)」、「enfin(最後に)」は「緑の野原」「岩」「ジャムの湖」「はしばみの実の殻でつくった舟」「チョコレートのぶらんこ」などと、ケーキの最上段について詳しく述べている。 (生島遼一訳)
こうやって、「まずは~」「次に~」と導入部から順序立てて文章を展開していき、「最後に~」と結論を述べるという構成は、フランスでは小論文を書くときの基本。それが、ケーキの描写にここまで見事に反映されているとは! セオリーをそのままなぞったような文章構成のかたさと、お菓子を建築や自然にたとえる遊び心のアンバランスがおかしくてたまらない。極めつけは、ぶらんこを支える柱の先にのった「球のつもりでほんもののばらのつぼみ」。どこか少女趣味でもあるこのケーキ、「写実主義」といわれるフロベールが実際にどこかで見たものか、それとも頭の中で作った想像のケーキなのか、ぜひ詳しく聞いてみたかったです。(さ)