Q:この辺、中心部の?
内藤:そうです。自分一人で仕事をすることが多かったので、同世代のパティシエの子たちに比べると基礎がなってなかったんですね。自己流プラス本、みたいな感じが長かったので「今のうちに他のパティシエがいる環境の中で、ちゃんと基礎をやったほうがいいんじゃないか」と思うようになりました。
Q:語学もそうだけれど、自分に足りないものは何だろう?と未央さんは要所要所でご自分を分析していますね。そしてそれを獲得しようとしてきた。
内藤:分析しているつもりはなかったんですけれど、まあそうですね。
Q:で、パン屋さんで基礎を?
内藤:他にパティシエがいる環境ということの他にレストランじゃない環境で、とも思いました。レストランで20年働き続けた後にパン屋に行くのは大変じゃないですか。今のうちに働いてみたら、もしかするとパン屋さんのほうがいいと思うかもしれない。両方やるならば今しかない、と思いました。逆にお店、パン屋さんでずっと働いてきた人が20年後、30年後にレストランでということになるとまた難しい。それまでの経験が邪魔をすることがありますよね。
Q:働いたのは大きなお店でしたか?
内藤:ルーアンでは有名なお店です。パトロンがMOF( 国家最優秀職人章)を持つ人で。
Q:パトロンのMOFはパンで?
内藤:そうです。お店の名前もMa Boulangerie(私のパン屋)です。お菓子は基本的なもの、ミルフィーユ、タルト、エクレアが主でした。タルトは定番が幾つかあって、週末だけ季節のものを入れたりしていました。本当に基本的なお菓子です。サブレがあって、アーモンドクリームがあって、クレーム・パティシエやシュー生地があって。
Q:お菓子部門には何人ぐらい?
内藤:私が入った時には社員2人に見習いが2人ぐらいでした。今は2号店を出したのでもっと増えていると思います。パトロンは製菓学校の先生を長いことしていたので、その関係で研修生も来ていました。楽しかったです。
Q:何年ぐらい?
内藤:まる2年です。
Q:2年働いた後、お菓子屋さんとレストランのどちらが好きだと思いましたか?
内藤:レストランです、やっぱり。(笑)
Q:その理由は?
内藤:言ってしまうと、やっぱり誰かのレシピで誰かのものを作っているんですよね、ケーキ屋さんって。だからいろいろ学べるんですけれど、でもずっとそうなんですよ。特にパトロンも有名な人だし、だからその人のお菓子を作っているんです。なのでどんどん自分で作りたいと思うようになりました。
Q:お店のお菓子はMOFのパトロンが考案したものだった?
内藤:そうです、すべて。デコレーションだけ好きにやっていいよ、と言われたのでデコレーションは楽しくやっていました。自分でやっていいことは何でもやりたい。レシピは全部店のレシピで、新しいものを作るときにもパトロンが試作する。まあフランス人だから結構行き当たりばったりのところもありましたけれど(笑)
Q:芸術家肌の人は特にね。でもパトロンが例えば「俺のやっていることをよく見ろ!」と言って試作した後に、メモしたレシピを自分で起こしたりはしなかった?
内藤:パトロンのレシピ帳がありました。
Q:自分で「これを作ってみたい」と提案したりは?
内藤:パトロンは「Je suis très ouvert, faites-moi des propositions何でも提案して」とは言うんですけれど、持っていくと全部却下なんです、結局は。(笑)私は結構ナイーブだから、却下されると前に進めなくなってしまう。「自分はオープンだ」と言いながら、やっぱりパトロンは自分のお菓子を作りたいんですよ。「うん」と言ってくれたことは一回もなかったですね。
Q:他の人も提案していました?
内藤:パン部門には右腕みたいな子がいて、その子はパトロンと一緒にいろいろやってはりました。でもパティシエは私だけだったかな。もう一人いたフランス人の男の子は全然仕事ができなくて、大変やったな。
Q:やっぱり同じように仕事をしていても、できる人とそうじゃない人がいる?
内藤:いますね。
Q:それってどんなに年数を積んでも変わらない?
内藤:そう、そのまんまずーっといくんだろうな、っていう人いるじゃないですか。
Q:その人はまだお店にいるんですか?
内藤:いるんですよ、そういう人は首切られるまでいるんですよ(笑)。しがみつくんですよ。でも、今の店のシェフ(ルーアンの大聖堂脇にあってミシュランで星を一つ獲得しているレストランL’ODASのシェフ Olivier Da Silvaオリヴィエ・ダ・シルヴァさん)は「出来ん奴は、辞めても次に行くあてがないから今あるものにしがみつくしかないんや」って言います。ああ、そういうものかな、と思います。逆にできる人は次に仕事が見つかることがわかっているから、仕事をしてぶつかっても怖くない。
Q:まあそうでしょうね。それでやっぱり「自分で作りたい」と思って、そのお店を辞めて今のレストランへ?
内藤:レストランで働きたいって思い始めた時に、この店に食べに来たんです。他の店にも何軒か食べに行きましたけれど、私が働いていたパン屋さんが今の店のパンを焼いていたので、レストランの名前は知っていた。一応カバンの中に履歴書を入れて
Q:食べに来た時に?
内藤:そうそう(笑)。食べに来た時にパティシエらしき子がいて、見えるじゃないですか(お店の厨房は客席とガラスを隔てただけのスペースの中にある)、シェフにすっごく怒られていた。それで食べたデザートもちょっとがっかりやったんです。料理はすごくいいな、と思いました。何て言うんですかね、若くて勢いがあるのが料理の中に見えたんです。他に食べに行ったお店は、美味しいし綺麗なんですけれど、何て言うのか料理が止まって見えるんです、綺麗すぎて。シェフに怒られるかもしれないけれど、シェフの料理は食べてみて「すっごく美味しくて感動した!」というのではなくて、何かを探している、前に進もうとしていることが伝わったって言うんですかね。新しいお店で、今店のスタイルを作っていこうとしているのかな?と私は思ってサービスの人に「パティシエ探していませんか?」と聞いたら、シェフが出てきてくれて、すごく機嫌が悪かったんですけれど(笑)履歴書を渡すことができました。結局当時働いていたパティシエの子をクビにして雇ってくれました。
Q:何かを作ってくれ」というようなテストはなかった?
内藤:なかったですね。試しにということで1日か2日働いて、シェフに言われたのは「前にいた奴は仕事ができへんけど、奴をクビにするからには1か月や2か月で辞められたら困る」ということと「好きやと思ってやってほしいからシェフの判断だけじゃなく自分でも好きになれるかをみてほしい」ということです。前の子がいたので少し時間はかかりましたけれど、契約して働き始めました。
Q:それが2015年の春ぐらい?私ここの地元の新聞で未央さんを見つけたんですよ。去年の春の記事だったかな。
内藤:そうなんです。たぶん2つの新聞に載ったんです。
Q:それでやった!ルーアンにいた!と小躍りしました(笑)。
内藤:メディアってすごいですね。
Q:どうでしたか、このお店に入って?
内藤:楽しいですね。まあしんどいですけれど、楽しいです。やっぱりお客さんが近いんですよね。お菓子屋さんで働いていると、お客さんの声が聞けないんです。聞けるお客さんの声って大体がクレームなんですよ。(笑)そうでしょう?自分だって美味しいと思っても店にわざわざ言いに行かへんけれど、問題があったら言いに行くでしょう(笑)。クレームはしんどいですよね。やっぱり食べる人の声が聞けないと楽しくないじゃないですか。だから今は嬉しいですね。わざわざ厨房まで来て言ってくれる人もいるし、常連さんだったら私のことを知っている人もいて「今日も美味しかったよ」と声をかけてくれる。嬉しいです。
Q:デザートは全部未央さんに「おまかせ」で?
内藤:いや、違います。私が考えたものをシェフに話してシェフが「ここはこういう風にしたら」と言ったり、逆にシェフが「こういうイメージで」と言ったり。
Q:アジサイ?(笑)
内藤:いや、そんな抽象的なことは言わないです(笑)。結構考えていることをはっきり言う人やから、話し合って決める感じです。
Q:さっきシェフとは少し話をしたけれど、とてもオープンな感じの人ですね。
内藤:そうそう、怒ったら怖いですけどね。私はあんまり怒られへんけれど、やっぱり若い子にはビシバシ。
Q:お店にはおまかせコースと同時にアラカルトメニューもありますよね。デザートメニューというのはどのぐらいの頻度で変わるんですか?
内藤:アラカルトで頼む人はあまりいないですけれど、2か月ぐらいかな。
Q:今日感動して、美味しくて思わず写真に撮ってしまったんですけれど、たとえば今日いただいたデザートというのは?
内藤:これはシェフが「冬やし柑橘系はどう?」と言って「食後のみかんっていいよね」となって、そうしたら私が「みかんやったらFève tonkaトンカ豆が合うんじゃないか」「じゃあトンカのアイスにする?クリームにする?」という話になりました。美味しかったですか?良かった!
Q:トンカ豆のクリーム、優しい味でした。
内藤:「トンカ豆のクリームをくり抜いて、ここに何入れる?」私はソースを入れるのがいいんじゃないかと思ったんですけれど、シェフはクランブルを入れたらいいんじゃないかって。そういう話をいつもしています。
Q:そうして実際に形にしてみる?
内藤:とりあえず味見をします。みかんを持ってきてトンカ豆を持ってきて味見をしてみる。で「合うやん」と。
Q:形にするのは?絵を描くんですか?
内藤:私は絵を描きます。でも絵の通りになったためしはないです(笑)。
Q:なるほど、作る前にかなりキャッチボールをするんですね。お店の他の人たちも楽しそうに仕事をしていましたね。
内藤:そうですね。ピリピリするときもあります。例えば毎日満席で、夏にはテラスもあるので今の2倍ぐらいの仕事量になると、ストレスも溜まります。
Q:お店自体の客席はそれほど多くないですよね?
内藤:25席ぐらいです。テラスには20席ぐらい。
Q:すると多い時だと1日に100ぐらいデザートを?
内藤:100はいかないです、多くて90弱ぐらい。
Q:フランス人にデザートは欠かせないから大変だ。今、二人でやっていらっしゃるんですか?
内藤:一人です。
Q:未央さん以外の女性が二人厨房に見えたので、どちらかが一緒に働いているのかと思いました。
内藤:いえ、私一人です。二人の時もあったんですけれど、今は独りぼっちです。
Q:誰か手伝いがいれば、と思いますか?
内藤:もちろん思います。超思いますね。
Q:夏場は確かに手伝いが欲しいでしょうね。
内藤:欲しいです。シェフは私のせいだと言うんですけれど、実は一人短期でパティスリーに入ってきて1日でやめてしまったんです。シェフは「お前のせいだ」と笑いながら言ってました。フランス人の女の子で「私には向いてないかも」と辞めてしまった。
Q:もしかすると自分でなんでもやっちゃうタイプ?
内藤:私ですか?うーん、そうですね。
Q:まあ独りで仕事をする期間が長いとどうしてもそうなってしまいますよね。いきなり人に手伝いに入ってもらっても、何をしてもらったらいいかがわからない。
内藤:そうですね、触ってほしくないところがあったり(笑)。ここは私じゃないと嫌、みたいなところがあるんですよね。2週間ぐらい、短期の研修生はちょこちょこいるんですけれど、やっぱり触れてほしくないところが…
Q:そうか、だったらシェフ、オリヴィエさんが「お前のせいだ」と言うことにも一理あるかも?
内藤:でもその子が入った日にはシェフがたまたますごく機嫌が悪くて、料理人の子たちに怒鳴り散らかしていた。私はどちらかと言うとそっちの方が原因じゃないかと思います。(笑)私のせいじゃない。
xQ:今、朝は何時にお店に入るんですか?
内藤:9時半から10時の間です。料理のほうはもっと早く来ています。
Q:まあデザートは食事の最後なのでおのずと。
内藤:そうです。今でも結局私が帰るのが一番遅いし
Q:終わるのは何時ぐらい?
内藤:零時ぐらいですか。早くて夜の11時過ぎですけれど、夏になると深夜の1時とか1時半とかになります。
Q:ご自宅は近く?
内藤:徒歩4分ぐらいの場所です。
Q:よかった。そうじゃないとまたひったくりにあってしまう(笑)。ここで働いてすでに2年になろうとしていますけれど、この後には何か考えていますか?
内藤:…どうなんですかね、日本に帰りたい。
Q:本当に?フランスに飽きてしまった?
内藤:いや、飽きはしてないです。まだしたいこともいっぱいあるし、ずーっと働いてい来たので観光も全然できていない。地方の料理も全く知らんし。色々したいことはあります。
Q:長いお休みは取れないんですか?
内藤:いやあ、長いお休みになると日本に帰っちゃうから。
Q:確かに。
内藤:で、もう一回長い休みが取れたとすると、旦那の親に会いに行くとか。…やっぱり日本人と働きたいし…
L’ODAS (内藤さんがパティシエとして働くお店)
Adresse : Passage Maurice Lenfant, 76000 RouenTEL : 02.3573.8324
URL : www.lodas.fr