フランス北部、ソンム湾の岸辺を走る「ソンム湾鉄道」は、1970年代に廃線になったローカル線を数人の鉄道ファンが復活させようと始めたものだ。廃駅の周りや線路の草むしりから活動を始めた小さな協会は、少しずつ古い蒸気やディーゼルの機関車、客車貨車などを修理して「軌道」に乗せ、3つの海水浴場を結ぶ、全長27kmの海浜鉄道を復活させた。数人で活動を始めた協会は50年の時を経て、今では職員20人、ボランティアが約200人という鉄道を運営する非営利団体としては国内最大規模に成長。ソンム湾鉄道は毎年20万人の乗客を迎えるようになった。
子どもたちのバカンスが終わる3月6日まで運行が続き、その後は4月から本格的に運行が再開される。時間があるなら、ヴィクトル・ユゴー、アナトール・フランス、コレットらが詩に詠んだ、鉄道の通る町サン・ヴァルリーに一泊してソンム湾周辺を散策するのも一興だ。冬の間はディーゼルだが、暖かくなれば蒸気機関車もお目見えする。火室の石炭を燃やして少しずつ機関車を温め、発車までに4時間を要するという、ゆったりペースの列車に揺られて自然を満喫する休日はいかがだろう。(六)
ソンム湾鉄道に乗りに行く。
50ème anniversaire du « Chemin de fer de la Baie de Somme »
パリから2時間ほどで行ける英仏海峡のソンム湾の岸辺を、ゆっくりと走る蒸気機関車。湿原で野鳥がたわむれたり羊の群れが草を食むのを眺め、木のシートに座って汽笛を聴きながら、古きよき時代への小旅行をたのしもう。
復活から50年、ソンム湾観光の主人公。
1887年に開通したソンム県の鉄道は1970年代には廃線になったが、鉄道ファンたちが復活させて、今年で50年になる。
フランスの北部では1845年にアミアン=ブローニュ・シュル・メール間の鉄道が開通したのを皮切りに鉄道網が発達。1858年にはノワイエルからサン・ヴァレリー・シュル・ソンムまで線路が延び、ソンム湾上を走るための全長1300メートルの木造の高架橋も誕生した。
1880年、国土全体にローカル線をめぐらせ、広く国民が鉄道を利用できるようにし、地方を活性化しようとフレシネ法が制定されるとソンム県は329kmの路線を敷いた。そのうちノワイエル=カイユー、ノワイエル=ル・クロトワ間の〈海水浴路線〉が現在のソンム湾鉄道のルート(上の地図)だ。
フランスでは幹線の軌間が1435mmなのに対して、地方鉄道は1メートル。この鉄道も、1メートルの狭軌で低コストで造られた(その会社名も「経済的鉄道会社 Société générale des chemins de fer économiques)。すでに1435mmで線路が敷かれていたノワイエル=サン・ヴァルリー区間は今でも線路が二重に敷かれているのが見られる。
ソンム湾鉄道はベル・エポックの、休暇を海辺で過ごす人たちを乗せて走った。海や入江で獲れたアサリやエビ、カレイなどの海産物をアブヴィルの市やカイユーのレストランに運び、建材となるソンム湾の石、内陸の農耕地からは家畜を売りに市場へ行くお百姓さんや、砂糖の原料となるビーツを工場へ運んだ。約30km/hで走ったものの、貨物を降ろすのには時間がかかり、別車両の乗客たちはバーで一杯やりながら発車を待ったそうだ。
自家用車の普及とともに利用者は減り、1947年から内陸部の区間、69年にはノワイエル=ル・クロトワ間、72年にはノワイエル=カイユー・シュル・メール区間が閉鎖となる。それを、数人の鉄道好きが路線を救おうと1970年に協会を設立し、廃駅を拠点に活動を始めた。急がないと鉄くずにされてしまうから、時間との競争だったという。当時は建築物ならともかく、列車といった産業遺産を保存する習慣や制度はなく変人扱いされたが、今では協会のメンバーは200人に増え、その鉄道は今や年間20万人を乗せて走る、ソンム湾にはなくてはならない存在となった。その時すでにこの路線では蒸気機関は走っておらず、現在使われる蒸気機関車は別の地方鉄道からやってきたものだ。
INFORMATIONS
Chemin de fer de la Baie de Somme
Tél : 03.2226.9696
www.chemindefer-baiedesomme.fr/
Gare de Saint-Valery :
80230 Saint-Valery-sur-Somme
運行日、料金など、こちらでご覧いただけます。
※バリアフリー車両、乳母車、自転車などを積める車両あり。
パリからの行き方
国鉄パリ北駅 Gare du Nordから、Boulogne-sur-mer 行きのTER(地域圏高速鉄道)でNoyelles-sur-merまで1時間42分。このノワイエル駅前でソンム湾鉄道に乗り継ぎができる。TERには自転車も載せられる。
乗ってみたい!特別な日のソンム湾鉄道。
● 運転室1日特別体験!Vapeur aux Premières Loges
スタッフ指導のもと朝7時半から夜7時まで蒸気機関車の準備から操縦、車庫入れ体験。18歳以上。150€(スタッフとの軽い昼食込み)。少なくとも2週間前までに予約。コットンの作業着、手袋、安全靴などは持参。4月から11月。
● ソンム湾の夕陽ディナー
Dîner à bord
4月~9月、19h-23h30。
メニュー「ベル・エポック」 (ワイン込み)大人 : 65€/12歳未満 : 31€ シャンパン:40€ (予約時に注文要)。ランチコース、革命記念日の花火コースなども。
● 蒸気祭&ソンム湾鉄道協会設立50周年
Fête de la Vapeur 2021 & 50 ans de l’Association
1988年から3年ごとに行われている《蒸気祭》、今年は協会50周年で盛大に。フランス全国、欧州の国々からも歴史的列車が大集合。もちろん歴史的記念物に指定された蒸気機関車4台も出動。
この鉄道を動かすのは、”情熱”だ!
「〈Ferroviphileフェロヴィフィル〉は鉄道ファンのこと。それが高じると病気の域で〈ferrovipatheフェロヴィパット〉と呼びます。私は後者です」と笑うミシェル・コポさんの案内で車庫へ。ソンム湾鉄道は職員20人と約200人のボランティアによって構成される協会が運営している。ミシェルさんはボランティアのひとりだ。
車庫には、国から「歴史的記念物」の称号を与えられた蒸気機関車4台をはじめ、一番古いもので1889年から1950年代までの、製造国も異なる機関車や車両などが揃う。フレームのみだったり、修理中、木で天井を製作中など、その状態もさまざま。修理、修復だけでなく設計図をもとに再現もする。今は、かつてこの地でビーツを運んでいた貨物車両を復元中で、歴史記念物のラベル取得を目指している。水・土曜はボランティアが来る日。リタイヤ組は水曜日に来て、週日働くひとたちが土曜日に来られるようにするなど配慮。広い世代の〈鉄道病患者〉たちが共に作業をする。
サン・ヴァルリーの町を歩く。
ル・クールガン : かつての漁師さんたちのカラフルな家。
サン・ヴァルリーの町の海辺の遊歩道には、船主などブルジョワの屋敷が建ち並んでいるが、一本通りを町のほうに入ると、かつて漁師さんたちが住んだ地区がある。青、水色、ピンク…と曇り空の下、きれいな色に塗られた小さな家々。漁船の塗装に使ったペンキがあまると、それを家に塗る習慣があった名残だという。
Rue des Moulinsや rue des Pilotesなどに並ぶ家は平屋が多く、間口も3メートル、広くて5メートルほど。「低収入」を意味するCourt-gainが語源で、ル・クールガンLe Courtgainと呼ばれるこの地区の家々の壁にはタツノオトシゴ、灯台、魚などのオブジェや魚網、「海で亡くなった弟の船についていた雄鶏」が玄関に掲げられていたりして、海と共に生きてきたこの町の物語が感じられる。この住宅街の丘の上には「Calvaire des marins」と呼ばれる海の男たちのための十字架があり、漁師たちは船からこの十字架に向かって加護を仰いだという。
今でもソンム湾ではアサリ、エビ、芝エビ、カレイ、メルランなどが獲れる。今回は会えなかったけれど”verroteries” (ミミズ狩りをする人たち)たちは、今も健在だそうだ。
アザラシを見に行く。
ソンム湾を散歩する人たちは首から双眼鏡を下げている。野鳥やル・ウルデル周辺に生息する、フランス最大といわれるアザラシを見るためだ。干潮になると現れる砂地でアザラシが日光浴をするのを見るにはガイドさんに案内を申し込むのがよい(潮の干満のため案内人なしは危険)。それでもアザラシが怖がらないよう300mくらい離れた地点から眺めるのだそうだ。
ソンム湾の遊覧船に乗ってみる。運が良ければ見えるくらいに思っていたが、サン・ヴァルリーを出発して20分もすると、「右前方をご覧下さい」とアナウンス。見れば黒光りする頭がぽっかり水上に。船がカイユーあたりまで進むと、あっちでもこっちでも、黒い頭がこっちを眺めていた。
INFORMATIONS
Bateau Le Commandant Charcot lll ソンム湾遊覧船
発着所 : Quai Perrée
80230 St-Valery-sur-Somme
観光局前の波止場に発着所とチケット売場。潮の干満により出発時間は変わる。
40分〜2時間コースが13~22€。
予約 : bateau-baie-somme.com
Tél.: 03.2260.7468
国鉄Noyelles-sur-mer駅 ⇄St-Valery-sur-Sommeの交通
宿をとったり散歩をするならサン・ヴァルリーの街がおすすめだ。しかしパリから国鉄のノワイエル駅に着いても、ソンム湾鉄道は本数が限られているのでサン・ヴァルリーまで行く列車にすぐ乗れるとは限らないため、以下。
● Trans 80 (公共バス Ligne 706)
● LC Taxi : 06 1297 4551 (要予約)