Q:小林さんが料理の世界に入られたのはお料理と関係のある家庭だったからですか?
小林:実家は日本料理屋で、父も母も料理人です。
Q:するとご両親が料理をする背中を見て育った?
小林:それほどではありませんけれど、まあ。テレビでAlain Chapelアラン・シャペルの姿を見たときに「かっこいい」と思ったんです。まあその前に高校を辞めたいという気持ちがあった。
Q:高校を辞めて料理の世界に?
小林:長野にある東急ハーヴェストに入りました。そこで洗い場から賄いから4年間いろいろなことをびっちりと習いました。
Q:ご出身は長野ですよね?
小林:そうです。長野で働いた後に2年間だけと決めて東京へ働きに行きました。
Q:なぜ2年間だけ?
小林:フランスに行くつもりだったんです。
Q:フランスにいらしたのはいつですか?
小林:1990年代の終わり、21歳の時です。
Q:フランスに来てどこへ?
小林:Gilles Goujonジル・グージョンさんの店l’Auberge du Vieux puits(オード県、県庁所在地はカルカッソンヌ)に行きました。部門シェフとして肉をいきなり任されて、グージョンさんの横で仕事をしました。その時店には6人、多くても8人いただけですけれど、今は30人ぐらいいるんじゃないでしょうか。
Q:言葉はどうしていたんですか?
小林:全然できなかったですね。でもそこで、最初のレストランでの経験、人の考え方や人へのつき方が役立って、何とかできていました。
Q: 最初のレストランというのは、長野の?
小林:そうです。それから日本では動作だけは習ってきたので、アシストする時にはそれを使いながらとにかく相手の言葉を聞く。
Q:すると本当にいつも注意を集中しながら、次にすることは何か?ということを考える。言葉がわからないとさらにそうなりますよね。グージョンさんのところにはどれだけ?
小林:1年半ぐらいかな。
Q:そしてその後は?
小林:その後はプロヴァンスに行ってお菓子を。
Q:お菓子やさんで?
小林:いえ、Villeneuve-lès-Avignonヴィルヌーヴ・レ・アヴィニョンという町にあるLe Prieuré というホテル&レストランでした。最初は肉部問に行ったんですがそこであまりうまくいかなくて、だったらお菓子をやりたいと部門に回してもらいました。
Q:お菓子をそれまでに作ったことは?
小林:日本で少し。ただ本当にアイスクリームとかシャーベットなど簡単なものだけでした。
Q:それからまた動く?
小林:はい、アルザスにあるLe Cerfという「鹿」という名前の店です。
Q:じゃあジビエを?
小林:そうですね、そこでは2年半ずっと肉をやってました。ジビエからパイ包みから、何でも習いましたね。
Q:そしてアラン・デュカスさんのお店へ?
小林:その前にブルターニュに少し行くんですが、あまり合わなくて。
Q:お店を移るときには毎回自分で履歴書を持って行く?
小林:あとは人から紹介してもらったり。
Q:デュカスさんのところへは?
小林:日本人をあまり雇っていなかったので、知っているシェフのつてなどを使って面接までようやくこぎつけて履歴書を持って行きました。
Q:やっぱり行きたいお店だった?
小林:パリに行くならば一番、最高と言われているところでやりたかったんです。それまでに三つ星のレストランでは働いていないので、パリに来たらその当時「一番」と言われている三つ星で仕上げをしたいと思ったんですね。
Q:どうでしたか三つ星のレストランは?
小林:なぜ三つ星なのか、ということを見たという感じです。
Q:なぜ三つ星でしたか?
小林:やっぱり食材もだし、それからなぜこれだけ人数が要るのか?ということです。自分が入ったときには料理人が30人、サービスに25人、プレスにしても5人ぐらいいるわけじゃないですか。50人以上の人間がなぜいるのか、ということを見れたのはいいとか悪いということは別にして勉強になりました。ムッシュー・デュカスは「まずは材料、次はディテール」だといつも言っていました。まあ昔の三つ星では、シェフのパーソナリティとかキャラクターやオリジナリティーが重視された、ムッシュー・パサールにしても、ガニエールさんにしても、バルボさんにしても、そうですね。最近の三つ星はホテルが後ろ盾についていることが多いので昔とは違ってきていると思います。
Q:そういえば昔インタビューをさせていただいたシェフが「料理人には、自分のように店をあちこち渡り歩くタイプと、圭さんのように一つのお店で精進するタイプがいるんです」っておっしゃっていましたが、小林さんも結構あちこちを渡り歩いていらっしゃるんですね。
小林:みんなそう言うんですけれど、自分はもともと職人ですから色々学びたいという気持ちはみんなと同じです。デュカスの店では5年間2番をやっていましたから、マネジメントや人の使い方はもちろん学びました。自分が考えたのは、どうやってフランス人を使うのかということです。厨房に30人いたらチェックするのはシェフではなく2番の自分がチェックしなければならない。それぞれの顔を見ると悩んでいそうな人はわかりますし、仕事に意欲を持っているかもわかる。そういう方が勉強になりました、もちろん素材もそうですけれど。
Q:いつから自分の店を開こうと思うようになりましたか?2番になってから?
小林:自分で開ける気は全然なかったです。
Q:全く?だったらどうしてこのお店を?
小林:自分では30歳ぐらいでシェフになりたいと思っていました。ムッシュー・デュカスと当時のシェフ、クリストフ・モレと一緒にそんな話をしたら「パリで1つ星の店を見つけるから1年半待ってくれ」と言われたんですが、ちょうどリーマンショックが起きて物事が動かなくなってしまった。
Q:すると当時すでに1つか2つ星を獲っていた店を小林さんに任せる、という話だったんですね?
小林:そうです、シェフを探している店に送るから、という話でしたが1年半経っても何も動かなくて「もう1年半待ってくれ」と言われました。待つとは言っても自分も考えなきゃならないんで、一度店を辞めました。そのときに「5億円出資するからやってください」というオファーもあったんですが、自分にはわからなった。アテネでは2番をやっていましたけれど、シェフをやっていたわけではない。おまけに自分が払うわけじゃないのでリスクはないとはいえ5億円という額は雲の上のお金でしかない。それからオファーをくれた人たちとの考えの違いもありました。彼らが考える「いいレストラン」というのと、ガストロノミー(美食)をやってきた自分の考えに差があった。彼らが考えるいいレストランというのは「生きているレストラン」だと言うんです。
Q:生きているレストラン?
小林:はい。何かを発信しているレストランだということです。キッチンギャラリー(ze kitchen galerie – パリ6区にあるレストラン)みたいにそこにいるだけで楽しくなる店が、彼らが考える一番いいレストランでした。人によっていいレストランというのは違うということを、そこで勉強しましたね。ホテルを何軒も経営してお金がある人でも、いいレストランについての考えが自分とは違うんだ、と。
Q:では小林さんにとっての「いいレストラン」とは?
小林:いや、今それを追求しているところです。それがわかったらすでにやっていますよ。
Q:今日私がお昼をいただきながら感じたのは、働いている方たちがみんな楽しそうだということです。これまでに私が「いいな」と思うお店全てに共通しています。
小林:あー、でも今日は一人サービスの子がいなかったんですよ。
Q:でもお客さんへの接し方、冗談を言ったりしながらきちんと説明したりアドバイスをする感じはとてもよかったです。私はソムリエの男性と冗談を言い合ったりもしましたし、素敵な雰囲気だと思いました。
小林:自分はよく「割烹のトップを目指している」と言います。一つの劇場を作りたいんですよ。
Q:なるほどね。
小林:料理が旨いということは自分の中ではどうでもいいんです。美味しいものを出している店はいっぱいあるし。
Q:でもやっぱり美味しいものを出しているという自信はありますよね?
小林:出さなければお客さんは来ないです。うちの店は安くないし、美味しいものを出せなかったら詐欺になります。料理のことだけを考えられるのならばもっと楽です。でも自分はオーナーで、厨房には今10人ぐらい、サービスには6人から7人います。夜はみんなでその日に良かったこと、悪かったこと、素材や料理のことなどを話し合います。例えばこのハーブティーはどういうものなのか、とか些細なことでもいいと思うんです。接客については絶対話しますが、それ以外は「トイレの使い方がよくない」とかそういうことでもいい、とにかくみんなで話し合って協力し合うことが大切だと思います。じゃなきゃ良い劇場は作れないです。照明がきちんとしていないと良いダンサーの踊りが映えないじゃないですか。
Q:するとその演出をするのが小林さん?
小林:そうですね。ですからみんなのモチベーションを上げることが自分の仕事でもあります。
Q:自分でお店を開いたのは諸々の事情があった挙句の見切り発車ですか?
小林:見切り発車ではないです。料理通の方から「自分に料理の自信はあるの?」って言われたんです。「自分の料理に自信があるんだったら、人を頼らずに自分のコネを使ってもいいんじゃないの。コネがあって自信があるんだったらできるでしょう」って言われました。その言葉を聞いて、自分でやろうかなと思いました。
Q:でもセカンドだと表にもあまり出ないでしょう、コネは持っていらした?
小林:まあコネ、というよりも家族や親戚、と色々いるわけじゃないですか。そちらの方です。
Q:なるほどね。それで最高の割烹をフランスで作る決意をされたわけですね。
小林:日本では割烹のトップに来ているお客さんと料亭のトップに来ているお客さんは一緒です。とにかく料理がお客さんに近い場所にあるためには自分たちが一体にならなきゃならないんです。料理人の役目というのはもちろん料理を作ることですが、それだけではなく演出も大切です。だからどこまでお客さんに近づけるかということをスタッフと一緒に考えていくことが自分にとっては重要なんです。
Q:そうですね、今日もお客さんのところで料理の仕上げを行う作業が結構ありましたね。ああいうのが演出なんですね。
小林:そうです。
Q:ソースをお皿にかけたりとか
小林:それもそうですが、もっともっとできると思っています。
Q:まあいきなりサービスの方が踊り出したりするとちょっとびっくりしちゃいますけれど(笑)。
小林:デクパージュ(切り分けること)もそうですが、お客さんの前でやるならば意味のあるデクパージュじゃなきゃならないと思うんです。お客さんの前でする意味がないならば早く食べていただいた方がいい。意味のある動作や作業ならばお客さんの前でどんどんやっていいと思っています。
Q:お店が開いたのは2010年?
小林:2011年です。
Q:どうでしたか、やっぱり嬉しかったですか?
小林:嬉しい… そうですね、やっぱり嬉しかったです。お客さんと話して「すごくよかった」と言われたら嬉しいですしね。でも楽しさはないですよ、未だに。
Q:楽しくない!?嬉しいけれど楽しくないとすると、他にどんな感情があるんですか?
小林:苦しいです。
Q:苦しい?それは心身的に?
小林:そうですね。精神的には苦しい、しかないですね、90パーセントは苦しいです。
Q:喜びは?
小林:喜びが「嬉しい」ですね。いつでも心配じゃないですか。今日はスタッフが一人来なかったとか、みんなにお金を払わなきゃならない、とか。これから2ヶ月先、3ヶ月先の予定は真っ白です。先が見えない。お客さんが入るのかな、どうかな。今日は、明日は来てくれるのかな。そればっかりです。ですから昔二番だった時よりももっと真剣です。
Q:そうでしょうね。
小林:はい、やっぱり雇われているのと自分でお金を使っているのとでは違いますよね。何億だかの借金をしているので、今ここで潰れてしまったら借金しか残らない。自分も結婚していて子供もいますので、そういうことになったら彼らにとっても大変ですよね。そういう意味でもだし、そして今一緒にやってくれているみんなはどうなるのか
Q:責任。
小林:そこが一番重要なんです。スタッフの彼らも悩んでいるかもしれない。みんなのモチベーションを上げなければ、お客さんが喜んでくれないじゃないですか。
Q:私も含めて今日来たお客さんはみんな喜んでいましたから、スタッフの方達のモチベーションは上がっているんでしょうね。
小林:一つの店で修行しても、色々な店を渡り歩いていても、最終的には勝つか負けるかしかないんです。
Q:例えばデュカスさんは勝つ人間?
小林:今のところは、でもわからないですよね。だから彼は勝ち続けようとしている。自分だってわからないです。数年後には潰れているかもしれないし。勝つ人間になるためには自分を磨いていかなきゃならないです。
Q:勝負は好きですか?
小林:好きじゃないですよ。
Q:でもそうじゃなかったらこういう冒険に踏み出したりはしない?
小林:「やりたい」という気持ちが強いのだと思います。自分は人に使われたり縛られたりするのが嫌い、それだけです。
Q:そうか、やっぱりお店を開いたのは一種の解放だったわけですね?
小林:解放だったし、デュカスさんのところにいても先がなかった。「日本とかアメリカだったらポジションがある」とは言われたんですけれど、自分はやっぱりパリでやりたかった。加えてアラン・デュカスさんの三ツ星レストランでは、自分は二番だったけれどそれ以上には行けないんです。やっぱりフランス人がシェフでなければならない。
Q:そうなんですね。
小林:それは自分でもわかっていましたので、だったらどうするのか、というので自分はリベンジに入ったんですよね、本当の。
Q:(笑)デュカスさんは食べに来てくれますか?
小林:ええ。この前も電話をもらいましたし、ミシュランの発表があった日(小林さんのレストランは先日ミシュランで二つ星を獲得したばかり)にはプラザ・アテネに招待してくれましたし、3日前にも会って一緒に乾杯しています。
Q:長年一緒に仕事をした、ということになると一つの家族という意識がやっぱり強いのでしょうね。小林さんもデュカスさんの家族の一員。
小林:まあそれはそうでしょうね。ただムッシュー・デュカスは厨房にはあまり入らなかったので
Q:まあシェフは他にいましたからね。
小林:ただ自分の名前が大きくなればなるほど、デュカスさんの功績にもなっていくわけです。
Q:確かに。そりゃ自分が育てた、って胸を張って語れるもの。
小林:そうですよね。知り合いのシェフたちはみんな「おめでとう!」と言ってくれました。 « Félicitation ! C’est largement mérité – おめでとう、本当に(二つ目の星は)当たり前だよ »とみんなから言われました。3年前から色々なシェフが食べに来てくれて「今年は獲れるよ」と言われ続けてきたんですが、一番困るのはそういう言葉を聞いている人間、スタッフがいるということです。お客さんからも毎日のように言われるので
Q:耳にタコができるぐらい
小林:そう、言われるのですが獲れないとやっぱり落ちますよね
Q:気持ちがね。
小林:それをあげるのが一番の苦労なんです。
Q:そうか、そういう苦労もあるんですね。
小林:毎年それが結構すごくて、今年の場合にはもちろん二つ星をもらって嬉しいですけれども、その嬉しさよりも「あー、今年はみんなのモチベーションを上げなくてもそのままいけるんだ」という方が一番嬉しいです。
Q:自分の負担が一つ減ったという感じ?(笑)
小林:いや本当ですよ。
Q:そうでしょうね、責任を感じていらっしゃると。
小林:みんながモチベーションを持つ、というと簡単なことに思われるかもしれないけれど、手を「パチン」と叩いて持てるものじゃないんです。一人一人と話をして育んでいけなければならない。1日で大丈夫な人もいれば、一週間かかる人、それ以上かかる人もいる。その時間をどれだけ短くできるか、というのが自分の仕事でもあります。
Q:そしてそこからどうやってみんなでいい仕事に持っていくか、ということですね。
小林:そうです。
Q:なるほど、色々な苦労があるわけですね。お話を伺ったとあるシェフが「ミシュランの星というのは自分じゃなくて、一緒に働いてくれているみんなのため」と言っていた、その言葉を思い出しました。
小林:うちの店には三つ星の店で働いてうちに来てくれた人も多いので
Q:そうなんですね。
小林:そういう人間はやっぱりお客さんと接していても負けないです。そういうスタッフが結構いるので、すると自分としては「なぜ彼らがうちの店に来てくれるのか?」を考えてしまうわけです。自分の料理を習いに来てくれる人もいるとは思いますが、数々いるスターシェフの店ではなくてうちの店に彼らが来てくれるということに対して自分としても示さなければならないことがあると思うし、世間からの評価という意味での結果も残さなければならないと思っています。毎日満席にはなってくれていますけれど、まずはお客さんがいて、彼らも仕事をしているわけですよね。でもお客さん以外、外からの評価がなければ彼らも自分たちの仕事の良し悪しがわからないわけですし、彼らの今後の履歴書にも関わってもくるでしょうし。
Q:お店で働きたい、という志望者はたくさんあるんですか?
小林:ちょっとずつですね。でもうちは日本人は少ない方です。
Q:そういえばフランス人のスタッフが結構いらっしゃるかな、と思いました。
小林:うちで働きたいという日本人はあまりいないです。
Q:なぜでしょう?
小林:うちがメジャーじゃないということですかね。
Q:ワーホリでも志願はないですか?
小林:年に一人履歴書を置いていくか、という感じです。
Q:とすると厨房の中はフランス語で?
小林:そうです。フランス語は今でも習っています。
Q:そうなんですね。
小林:やっぱり語学ができないと、と思うからです。もっともっと深いところへ行きたいし、もっともっといいお客さんを相手にしたい。いいお客というよりも、「日本人のシェフ」というのではなくて「一人のシェフ」としてこっちでどういう立場に入れるかというのが重要だと思うんです。じゃなければ日本人のシェフはたくさんいるし、今は日本人シェフがブームだと言われていますけれど、ブームはいつか必ず終わるわけですよね。
Q:それはそうだ。
小林:この前Le Point(フランスの週刊誌)の記者に言われたことですが、自分が外国人のパトロンシェフで初めて星を二つもらったのだそうです。
Q:そうでしたか。
小林:そこで何かを変えられるならいいですけれど、どこまでフランス人に食い込めるかですね。別にパトロンシェフかどうかということは自分にとってはどうでもいいんです。大切なのはまずレストランが続くこと。終わった時に自分の人生に悔いがないこと。今生きている中で、39歳ですけれども、「あー、ここをこうしておけばよかった」と思わないことが自分には重要です。僕がデュカスさんのところにいたことに悔いが残っているか?残っていません。とにかく毎日を完全燃焼で生きたいという気持ちがあります。うちのスタッフにも相当言います。
Q:ではこれまでに「ああしておけばよかった」と思ったことはない?
小林:いやあることはあります。21歳でこちらに来た時に最初学校へ行って1年でも2年でもフランス語をちゃんと習ってから仕事を始めてもよかったんじゃないか、と。そうすればもっと綺麗でしっかりした言葉を話せたんじゃないかとは思います。ですがあの時の自分を第三者の視点で見ると、やっぱり言葉はやらなかったとも思います。頭が固くて生意気で、30歳ぐらいの先輩から「21なんて若僧だ」というようなことを言われると「30歳で芽が出ないなんてヤバいんじゃないですか、(日本に)帰った方がいいんじゃないですか?」と言い返していましたから。
Q:でも料理ってやっぱり自分の「腕」ですよね?言葉は二の次だという人もいるけれど。
小林:そうだと自分も昔は思っていました。でもフランスでトップを目指すならば言葉はやっぱり必要です。ムッシュー・デュカスたちは国を動かせる、国を巻き添えにできるんです。言葉ができない人間、しかも外国人がフランスの国を動かせますか?いくら何百億積んだとしても無理です。あとはどれだけずる賢く生きるか、どれだけ賭けをするかだと思います。どれだけフランス人の先を読むか。うちらは自分たちのものをフランスで作りたいので、どんどんフランスに食い込んでいきたい。
Q:しかも「美味しかった!」と言ってくださるお客さんには自分の言葉で説明したいですよね。通訳がついていたらカッコ悪い。
小林:まあそうですけれど、お客さんは自分の料理を食べたいと来てくださる。自分はそのためにシェフをしているわけですから、彼らのために完成度を上げた料理を作ってメッセージを発する。そのお客さんたちが自分の思いを外へ伝えてくれる。それを前提に、あとはうちの空間、料理への姿勢、料理を出すタイミングなどがうまく噛み合えば 可能性は広がります。ジャーナリストから「あなたの料理はどんな料理でしょう?」と聞かれるんですが、そういう人には「まずはうちの料理を食べてください、そうしたらわかることがありますのでそのあとでお話を」と答えています。うちの店、料理の世界観って何か?ということは来て、食べて、味わって、香りを楽しまなきゃわからないですよね。その後に自分たちの世界観というのはこういうものだ、という話ができる。
Q:今日のお料理の中でお味噌、日本の食材を使われてましたよね?
小林:鳩ですね。
Q:そう、とても美味しかった。
小林:いいものならば日本の食材でもいいし、もしもニューヨークにすごいいい食材があるというのならばそれを使ってもいいと思っています。だからこそスペインの美味しいものも使うし、フランスの食材もよく使うし、料理法にしてもフランスだけじゃなくて中国の料理法も使いますし、別にどこのものに限る必要はないと思います。
Q:となると自分が日本人だということは意識していない?
小林:いや、もちろん感覚的には日本人です。そこで勝てるか、勝負じゃないですか。勝つためには武器を揃える。よく言うことですが、勝負の時に竹槍を持って戦闘機には絶対突っ込んだりしません。自分が使える武器の中でムッシュー・デュカスやムッシュー・ロビュションのよりも勝るものがあれば自分はその武器を使います。自分たちのやり方で、彼らよりもいいものを作る。
Q:日本でお店を開こうと思ったことは一度もない?
小林:ゆくゆくはわからないです。
Q:というのは、先々月にお話を伺ったシェフ、滑浦さんから小林さんからこのお店でお話を伺って、「日本には日本料理があるじゃないですか」と言われたこともご自分がパリでお店を開くきっかけの一つだったと聞いたのです。
小林:そうでしたか(笑)。でも、もしかするとそういう言い方じゃなかったかもしれないです。自分がそこで言いたかったのは、日本には日本料理があり、日本人のおそらく80パーセントが最終的には日本料理を好きで、その日本料理の下にフランス料理やイタリアン、中華がある。だから自分は日本で勝とうとは思わない。意味ないし、自分は日本では勝てると思っていない。もしかしたら5年間は勝てるかもしれないけれど、30年間続けるのは無理ですよね。そういう風に言ったことをそのように解釈されたのかもしれないです。自分はもしかすると日本でも何かやるかもしれないですけれど、その前に自分にはやりたいことが3つあるので、はい。
Q:その3つとは?
小林:医療の食事です。病気の人たちがいてその人たちが美味しいものを食べられるのだったら何かをやってみたいと思います。お金がない人がまずいものを食べなきゃならないとか、体の弱い人がまずいものを食べなきゃいけない、というわけではないと思うんです。そこで、寄付をするお金はないけれども自分に何ができるんだろう、と思うと料理を作ることなんです。それから地域の活性化にはすごく興味があります。
Q:地域というのはパリのここ?
小林:違う国かもしれない。日本かもしれないけれどもフランスでは絶対やりたくないですね。田舎に行ってあくせくするのはまっぴらです(笑)。でも何かやってみたいとは思っています。あとは給食ですね。
Q:ちっちゃい子に向けて?
小林:そうです 。
Q:ちなみにお子さんは今いくつですか?
小林:3歳半です。
Q:お子さんがいるから?
小林:いやその前、昔からしたいことでした。今はどんどん「モノ」から離れてきていますよね。例えばにんじんというモノから離れて調理したものだけしか知らない人がいる。昔はにんじんを畑から盗む人がいて、盗むという行為は良くないけれど盗んだ人はにんじんがどのように生えていて、どんな香りでどんな形かを知っていた。実際の「モノ」を知っている人が多い方が料理人にとっては嬉しいです。
Q:子供たちに普段食べているものは何?と考えてもらうきっかけを作る。
小林:そうですね、そのことを考えてもらえれば嬉しいですね。ちゃんとした一つの文化として
Q:食のね。
小林:そう、文化を育てたい。胸を張って「自分は料理をしています」と言えるような基盤を作れればいいですね。医者の場合には駆け出しでも「医者です」と言うじゃないですか、別に病院の院長にならなくてもです。弁護士だってそうですよね。料理をやっている若い人は、少し気が弱かったら「自分はちょっと料理をやってまして」と言うんです。「自分は料理人です」ではなくて「ちょっと料理をしている」と言うんですね。日本でもそういう言葉は聞いています。「ちょっと料理」ってのは何なんだ?そこに引け目があるんです。でも自分がそこで言いたいのは、自分たちは世界でトップと言われる会社と同じことをしているということです。それは何故かといえば、仕入れから製造、そして販売まで一つの場所で全てができている。やっていることはトヨタとそれほど変わらないわけです。
Q:原料から仕入れて。
小林:しかも喜びを与えている。もしかするとトヨタは「かっこいい」という感動はすべての人に与えていないかもしれないけれど、自分たちは感動を与えているんじゃないかと。
Q:いや「美味しい!」という感動は与えていると思います。
小林:ですから、感動を与えることができる職業なんだから胸をもっと張ってもいいんじゃないかというのが自分の考えです。でも今はシェフにスポットが当たりすぎていて、もっともっと若い子に光が当たればいいのにな、というのが自分の考えなので
Q:なるほど。
小林:「若い子に向けて」とかよく言われますが、それはもうちょっと彼らに近い人たちが、今もがいている人たちに発信することだと思います。自分みたいにすでにスタートを切った人間は後戻りできないですから。シェフになるためには本当にもがいて、もがかなきゃならない。でもシェフにならなくてもいいわけです。自分みたいに本当にオーナーでスタートを切ってしまったら止めることはできないです。だからみんなに言うのは「とにかく今しかない、シェフになる前にもがいて、どれだけもがいてから勝つ人間を目指す」のでなければゆくゆくもっときつくなるということです。特に、昔は料理というのは先輩のすることを見て覚えろという世界だったんですが、今は教えなきゃならないんですね。見て覚えないので。
Q:そうなんですか?
小林:意外にそうなんです。そうすると、上の仕事というのがもっと増える。
Q:確かに色々な方からそういう話は伺いました。
小林:ですから、彼らは自分たちがもがいたよりもさらにもがかなければスタートできない。スタートを切ったら孤独ですから。本当にシェフは孤独です、怒られないから。今、彼らは怒られているけれど、シェフとしてスタートを切れば誰にも怒られない。
Q:孤独ですか?
小林:孤独です。だって自分の料理に文句を言う上の人がいない。対お客さんとすると、お客さんから何かを言われたとすれば、責任を取るのは自分しかいない。
Q:そうか、シェフはやっぱり孤独なんですね。いやー大変な職業だとは昔から思っていました。スターシェフと言われる人はかっこいいけれど。
小林:そんなにお金がなくても自分はできる限りいい格好をしたい。それは何故かといえば「見栄」があるから。こんなに長い時間仕事をしていて去年の夏から休みがなくても、少し虚勢を張ってでも自分たちが若い頃に憧れたシェフと同じように自分を見せなきゃならないんです。
Q:そうか若い人たちにも見せて、夢を与えてあげないと、ということですね。
小林:そういうことはスタッフの彼らにも言っています。がっかりさせたくないじゃないですか貧乏くさい服装でね(笑)。
Q:私、うんと前ですけれどお姿を見かけたことがあって、それはやはり知り合いの日本人シェフと一緒でした。その時に彼が「あの人が圭さんですよ!」って遠くからいらしたのを教えてくれたんですね。その金髪というのも虚勢のひとつなんですか?
小林:というわけではないですけれど、どこへ行ってもみんなが覚えてくれます。いまだに20年前に食べに行った店のシェフでも今回二つ星をもらった時に「あの時の君か!」って言ってくれて
Q:何年前からその金髪を?
小林:20年前、フランスに来た時からこうでした。
Q:トレードマーク。
小林:黒髪=重たいという印象も持っていたのですが、自分のことを覚えてくれて声をかけてくれるんだったら別にいいじゃない、って。
Q:そして自分の個性の一部になっていく。
小林:はい。こういう髪型をしているのでみんなに不真面目だと思われるんですけれど
Q:不良だって(笑)?古いかな。
小林:いや、それでもいいと思うんですけれど、仕事だけはしっかりするということに徹してきました。自分にはそれだけです。スタッフにいつも言うことがあります。いくら自分の気が滅入っていても、お客さんの前に行って「あなたのために料理を作りました」って言えるか?と。それが重要なんですよ。そのことが頭にあったら、毎日真剣勝負です。
Q:先ほど他にしたいと思っていることを3つお聞きしてしまったんですが、近未来でこれをしたい、ということはありますか?
小林:まあ色々あるんでしょうけれど
Q:とりあえずはこのお店を?
小林:それはもちろんですけれど、もちろんビジネスはやりますよ。なぜかといえばビジネスをやらなければここは潤わない。今働いている人たちの技量などを考えると毎年給料を上げなければ、そして毎年技術が上がるのであれば、その仕事を還元しなければならない。今のままだと赤字になってしまう。
Q:毎年目標を上に、上に。
小林:それもそうですけれど、自分たちを磨いていくことが必要だと思うんです。店を開いた時は石ころだったかもしれないけれど、それを磨いでどこまでダイヤモンドに近づけるか、ただダイヤにするならばそのためのお金も必要になってきます。どこかから収入がなければ、石ころは石ころのままで磨きがかからない。自分としても身を粉にしてこれまで10年働いて、この先10年働いた時に「お金ないんだよね」とは言いたくないです。行きたいところへは行きたいし、食べに行きたい店には食べに行きたいし
Q:欲しいものは手に入れたいし、もちろん。
小林:それがなければ何のために働くんだろう?と思いますよね。
Q:確かに。
小林:いくら全力で走っていても、走りきれなくなって体を悪くした時に「お金がない、どうしよう」というのは嫌です。だからこれからが自分にとっての本当の勝負なんです。自分は二つ星はすぐに獲れると思っていたんですが、相当時間がかかりました。ムッシュー・デュカスには怒られました。
Q:(笑)なぜ?
小林:長すぎるって(笑)。
Q:一つ星を獲ったのは?
小林:(店を開いて)1年目です。3年前から「獲れる」と言われてきて、ほかのフランス人シェフからも獲れると言われてきて、いざ獲ったら色々な方からお祝いのメッセージをいただいて「ありがたい」反面、獲れてなかったら意味がないと思いました 。結局獲れるか獲れないか、それだけです。最近少しビジネスの勉強も始めましたが、ビジネスというのはやるかやらないか、結果を出すか出さないか、です。ですからチャンスは一度きり、やるかやらないか、どうやって食い込むかということしか考えていないです。
Q:何だか小林さんには山師の気があるんじゃないかな、という思いがますます強くなりました。
小林:いやギャンブルは全然好きじゃないです。さっきも言いましたけれど、山っ気があったらすぐに行きますよ。自分は自分をまず固めて武器を揃えて
Q:そして出る時を見計らって出陣する。
小林:そうじゃなかったらもっと前に出てますね。それでもやっぱり自分は出ますよ、世界に向けて。
Q:ただGoのサインを出すのは自分の中で準備ができた時?
小林:そうですし、ちょっと何かをということはやりたくないんです。やるならば自分はでかいことをやりたい。ガストロノミー(美食)はここだけでいいので、もっと別のこと、ブランドを作りたい。次にレストランを作るにしても美味しいものだけを追求する、のでいいと思います。別に高級素材を使うからということはどうでもいい。それはこの店だけでいいと思っています。毎日やっているスタッフも可哀想だし、星はどうなの?と言われたくないし。まずは彼らの生活が安定して、いつも楽しいわけではなくても嬉しい瞬間がある仕事じゃないと、結構強い性格の自分と仕事をしながら今後シェフになっていく人たちが可哀想だと思います。ムッシュー・デュカスと仕事をしていたシェフたちも可哀想だと自分は思いましたので、そういう風にはしたくないです。もちろん言わなきゃならない時には言いますけれど、目くじらを立てて「何で?どうして、こうなってるの?」と言うよりは「もうちょっとこうしたら」ぐらいにしておかないとせっかくいい才能を潰してしまうと思うんです。
Q:そのためには信頼できる、気の置けるスタッフが必要ですね。
小林:そうするためには自分が毎日真剣にやってなきゃ無理です。そしてフランス人が店で働くということは「なぜうちの店に来てくれるのか?」「自分から何を学びたいのか?」「自分が何を発信しているのか?」ということを頭に置かなきゃならないです。そうじゃなきゃパリには二つ星や三つ星の店が他にもたくさんあるし、もっといい条件で彼らが働ける場があるかもしれない。
Q:良いスタッフをどれだけ取り込んで育てる、というよりも彼らとどう一緒に大きくなっていくか、ということですよね。
小林:そうです。
Q:では、最後のというかいつも皆さんにお聞きしていることを質問させていただきますね。「あなたの料理は何ですか?」ではなくて、小林さんにとってお料理というのは何ですか?
小林:料理?何なんですかね?職業、じゃないですね(笑)。
Q:あなたにとってのお料理とは?
小林:何でしょうね。まあそれしかない、のかな。料理が自分の出会いを作ってくれているので… 料理がなかったら自分じゃないんですよね。
Q:高校を辞めて料理人への道に入るじゃないですか、その時に他の選択肢はなかったんですか?
小林:二つありました。美容師か料理人か。ただ美容師については「40歳を超えてからがキツイよ、先生にならなきゃならないし」と言われて、料理人ならば「一生職人でいられる」というので料理を選んだんですけれど、足を怪我した時からその方向性が少し変わったんです。一度怪我をして3ヶ月ぐらい仕事を休んだ時があって、外から料理と自分の人生を見直すきっかけを得ました。その時にちょっと考えました。「一生小さなレストランで料理を作っていくのか、それとも違う形で料理に関わっていくのか?」その時からかな、料理に対する考え方が少し変わったと思います。
Q:料理と少し距離を置いてみた時に、自分がこれからどうやって料理と付き合っていくかということが見えた?
小林:そうですね。自分の体も含めてです。50 とか60歳のおじさんたちが厨房の中で一生懸命仕事をしていても結局は邪魔なんですよね、本当に。
Q:(笑)デュカスさんもそう感じてビジネスに移った?
小林:そうわけじゃないと思いますけれど(笑)。
Q:すると50歳の自分は厨房から出ていると?
小林:いや自分で作って「ほー!」という料理をというわけではなくて、もっと違う形でということです。演出をしているとか。その方が完成度は上がると思います。もしもカウンターだけで4-5席だけの店を持っていたら、もちろん自分が作り続けた方がいいだろうとは思いますけれど、レストランをやろうと思ったらそうはいかない。
Q:そうか、やっぱりレストランが「ハコ」だとすればその演目を考えるのが小林さんだということですね。
小林:それがなければ出会いは生まれないです。今いろいろ海外にも招ばれて行きますけれど、レストランがなければそういう出会いもないですし、「美味しい」とか「美しい」と皆さんがおっしゃってくださる料理にしていかなければ自分は何も語れない。
Q:なるほどね、磨けば磨くほど、ということですね。
小林:そうでしょう、美味しい、綺麗で輝いている、と思ったらお金を出して買ってくれる人が増えてくるでしょう?
Q:あとは本物の美しさですよね、きっと。いくら輝いていてもチャチなプラスチックじゃ誰も買わない。
小林:そうですね。どこまで高められるかということだと思います。
Q:また人の言葉を借りちゃうんですけれど、いいレストランというのはお皿の上でお料理が動いているんですって。反対にいくら三つ星でもレストランによっては綺麗なのはもちろんだけれど料理が固まっているのだそうです。私が今日いただいたお料理はすごく動いていると思いました。
小林:料理には正解がない、ですよね?ムッシュー・デュカスと仕事をしてよかったのは先を見る、お客さんが何を今思っていて、この先何を思うのかを読むことを教わった、自分がしたいことだけじゃなくてみんなが求めていることをということです。
Q:先というのは、将来ということ?
小林:いや、将来がはっきりわかるわけはないんですが、そういう姿勢でいつもいることが大事だということを学びました。
Q:同時に現状に満足しちゃいけない、ということでもありますよね。
小林:満足できないです。だから若い子たちに言うのは「止めるんだったら早いうちに」と。本当にそう思います。可哀想な職業だと思います。満足することが絶対ないし、人がParfait !と言っているのを見ると「仕事辞めたら」と思いますもんね。完璧ということがない。でも仕事を辞めても、どこで何を食べても「自分だったらもっと…」と思うわけじゃないですか。だから深入りする前に辞めたい人はやめたほうがいいです。
Q:確かにフラストレーションが溜まっちゃうでしょうね。食べることなしには生きていけないじゃないですか。
小林:そうです、そこなんですよ。
Q:今日は素敵なお話をありがとうございました。「もがく」という言葉を何度聞いたことか!私も自分のキーワードにしなければ、と(笑)。
小林:いや、最近特に。本当に口を酸っぱくして言っているので(笑)。
そこだけですね、自分も今生きていますけれど、簡単そうなことがすごく難しいんです。今しかないからこうして色々やっていますけれど、あとは出会い、が大切です。いい人と出会えばいい方向に行く可能性がある。
Q:いいものともですよね。
小林:そうですね。その出会いがあれば無限に色々なことが広がって行くんです。それはみんなにも言っていますし、自分でも思っています。
Q:口を酸っぱく
小林:いやすごいですよ。相当言ってますよ。
Q:今しかない!ってフランス語ではC’est maintenant ou jamais !って感じで鼓舞するんですか?
小林:まあそういう言い方もしますし、日本語でも言いますし。日本人のスタッフもいるので彼らにも「本当に今だよ」と。シェフになったらもうTrop tard遅すぎると思うんです。自分の目でみてできないのにシェフになってしまったらもうTrop tardです。
Q:なるほど。
小林:でもとにかくこれ(自分の腕をポンポンと叩く)を持ってて、出会いがあれば、出会いがあるということはチャンスを掴めるということですよね?
Q:そうですね。
小林:今しかないと思っている人はチャンスを掴みに行きます。そうしたら、勝ち負けで言えば「勝つ」方向へ向かっていると思います。あとはもう、その人次第ですよね。
潰れるかもしれないけれど、まあわからないですよね。
Q:明日もわからないものね。
小林:わからないです。明日は死んでいるかもしれない。でも、恥じない生き方をすればいいと思っています。39年間のこれまでを自分は後悔していないので、今死んでも後悔しません。
Q:残念だけれど。
小林:まあ、残念だけれどそれは後悔ではない。
Q:おまけに死んじゃったら後悔できないし(笑)。でもみんな悲しみますよ。
小林:いや、うちの子たちは「シェフいなくなった、やった!」って(笑)。
Q:それはない。
小林:でも、それでいいんです。ずっと好かれながらトップに立つシェフってあまりいないですよ。
Q:いつかは追い抜かれるだろう、って。
小林:そうですね。
Q:自分が追い抜いたように。
小林:いや、自分は追い抜いていないです。ムッシュー・デュカスを追い抜くのは至難の技です。彼のことをビジネスマンだという人がいるじゃないですか。でもあのポジションに誰かがいなかったらフランス料理はもっと下に落ちていますよ。
Q:確かに。
小林:フランス料理の大使のような役割を果たしている人、ムッシュー・ロビュションもそうですが彼らのおかげでこれだけフランス料理の地位が上がってきている。だから彼らがビジネスマンだと言う人もいるけれど、ビジネスマンの何が悪いんだと逆に思います。だったらあなたたちもやってみれば、料理しかできないんでしょう? と言いたくなりますね。
Q:それは確かにやっかみかもしれないですね。
小林:最終的にお金をたくさん持ったからといって人生が楽しいかどうかはわからないですよ。ただやっぱり本当に苦しい分、何か、何かをもらいたいですね、色々な面で。二つ目の星も結構すぐに獲れると思っていたんですが
Q:でももらって、また新しいスタートを切ることが。
小林:これまでに6年かかりました。これから自分の個性も出せるし、遊べると思っています。やっと今スタートが切れた、いろいろな面で、はい。
Q:やっとのスタートか。6年かけてやっとスタート地点に立った。
小林:そうです。しかもここはもともと二つ星だった店なので
Q:そうなんですか?
小林:はい。昔はGérard Bessonジェラール・ベッソンというシェフの店で、星を獲った日にはベッソンさんも来て涙を流してくださいました。
今からですね、今からが自分の勝負なので。ですから自分は動きます。これからは動きます、いろいろな意味で。
Q:楽しみです。ありがとうございました。
あっ、最後に。苦しいと繰り返しおっしゃっていましたが、お仕事は好きですか?
小林:ええ、今のところは(笑)。
Restaurant Kei
Adresse : 5 rue Coq Héron, 75001 ParisTEL : 01.4233.1474
URL : www.restaurant-kei.fr
火-土 (木昼休) 昼56€から、夜99€から。