パリ東郊ローマンヴィルに、新たな美術地区「ロマンヴィル・パリ文化地区」ができて久しい。新開発地区でもあり、民間の集合住宅やオフィスビルを建設中だ。その間を縫っていくと、四角い広場を囲む形で、イル・ド・フランス現代アートセンター(FRAC)の拠点の一つ「レ・レゼルブ Les Réserves」、現代アートを支援する「フィマンコ財団 Fondation Fiminco」、複数のギャラリーがある場所に出る。地下鉄から徒歩10分と交通の便は良いのだが、パリの外なので滅多に行く機会がない。質の高い展覧会(だがいずれも無料)があるので、今回のように展覧会が重なった時にぜひ出向いてほしい。
FRAC Les Réserves
学生が企画した「耳をカタツムリにつける Coller l’oreille aux colimaçons」展
FRACで開催中なのが、キュレーターは学生で、作家は大部分が美術学校を卒業したばかりという珍しい企画展だ。学生の企画と馬鹿にすることなかれ。著名なキュレーターが企画した展覧会顔負けの面白さなのだ。
パリ大学ソルボンヌで現代アートを学ぶマスター課程の学生11人が、「渦巻き」をテーマに「耳をカタツムリに付けるColler l’oreille aux colimaçons」と題して、パリのボザール(国立高等美術学校)とアールデコ(国立高等装飾美術学校)を卒業したばかりのアーティストの作品と、FRACが所蔵する作品の中から選んだ。コミッショナーチームは全員女性だ。選ばれたアーティストもほとんど女性。ジェンターを意識した作品が目についたのはそのせいかもしれない。
アンナ=ジネールは、三重県の「なばなの里」の、1万2千株のベゴニアが咲き誇るベゴニアガーデンでビデオを撮り、ベゴニアの花が若い日本人女性の顔になって話す「ベゴニア」を制作した。口籠もりながら日常生活を語る人、ジェーン・バーキンの「無造作紳士Aquoiboniste」をフランス語で歌う人など、丹精込めて作られた完璧な花が、自分のことや好きなことを語り始める。温かみと親密さが感じられる作品だ。
ニコルはパフォーマー。「大袈裟な歩き方」、「キッチンの記号論」などのビデオで、ピンクの衣装を着て、ピンクの内装の部屋で、セクシーな動作で歩いたり料理をしたりする。「女性的」なものを大袈裟なパフォーマンスで見せることで、社会が女性を見る目を皮肉っているかのようだ。
装飾美術学校を出たベティ・ポメルロは、細い鋼鉄の線を火で炙り、ナイロンの糸に木炭で色をつけた後、この二つを組み合わせて織機で織った。淡い茶色と墨色が現れては消える薄布が美しい。 トム・ブラバンが撮った「Monkey reflecting(in Burfellsgia)」は、荒野に子猿が一匹いる写真で、実際にはあり得ない場面を撮ったSF的な作品だ。実は風景はアイスランドで、猿はぬいぐるみを着た人が演じている。
「現代アートはわからない」という人が多いが、わかろうとしなくても楽しめる作品が多い。無料、11月3日まで。
FRAC Iles de France Les Réserves:
43 rue de la Commune de Paris
93230 Romainville
地下鉄:Bobigny-Pantin-Raymond Queneau から徒歩10分
開館日:水―土:14h-19h
※ FRAC イル・ド・フランスの拠点には、パリ19区にある「ル・プラトー」もあるので、間違えないように。
Fondation Fiminco
フィマンコ財団+リトアニア国立美術館 「大使たちLes Ambassadeurs」
今秋、〈フランスにおけるリトアニア年〉が始まり、パリのポンピドゥ・センター、ニーム現代美術館ほか、フランス各地でリトアニアの現代アートが紹介される。フィマンコ財団が展示するのは、リトアニア国立美術館所蔵の作品。オープニングには親日家でリトアニア国立美術館長のアルナス・ゲルナスさんも来場した。コミッショナーは、美術史家のアウスラ・トラクスリテさんと作家のモニカ・カリナウスカイテさん。タイトルの「大使たち」は「エントロピーの大使たち」の意味で、理屈や原則などでは割り切れない混沌や矛盾、美から出てくる力を伝えるアーティストたちを示すという。その言葉通り、フィマンコ財団にレジデンスて滞在中の2人を含め、17人のリトアニアの現代アーティストのさまざまなアプローチに触れることができる。
カルラ・グリュオディス(1965-)は1990年に米国から帰国し、リトアニアで初の英字新聞を発行した。ソ連体制崩壊後、独立したリトアニアで初のフェミニスムの理論家の1人としても知られている。体、性、母性、アイデンティティなどをテーマに制作する。ビデオ「裸の愛Stripped love」は、資料を入れる小さな引き出しがついた棚の真ん中に、キスする2人の口元が映し出される。引き出しには悲しい内容の民衆の愛の歌の歌詞が入っている。
アルトゥラス・ライラ(1962-)は、政治的にマイナーな人々やサブカルチャーの人々の協力を得て「社会的な彫刻」を作る。ここでは刑務所で使われるカミソリの刃を集めてカゴを作った。中に入れるものが切れてしまうので、本来の用途を成さないカゴだ。
ベルリンで活動するルーテ・メルクは本展のハイライトの1人。古いコンピュータを使ってデジタルプリントしたような感覚の作品で、ちょっと古びた現代感が漂う。伝統的な油彩技術を使って、テクノロジーがうまく機能しないようなズレを表現している。
リマルダス・ヴィクスライティス(1954-)は、リトアニアの美術史上、最も重要な写真家の1人で、国際的な評価も高い。20世紀後半以降の農家の衰退と村民の生活をユーモアを込めて撮っている。
Fondation Fiminco
(住所はすべて同じ)
www.fondationfiminco.com/accueil.html
Galerie Jocelyn Wolff
ギャラリーでミリアム・カーン展とシュルレアリスム展
Miriam Cahn, devoir-pleurer
10/26まで
2019年から、現代アートのギャラリーがこの界隈に移転してきた。現在ある6軒のギャラリーの中でも、20世紀から21世紀にかけての重要作家と資料を展示するのが「ジョスラン・ウォルフ」ギャラリーだ。パリ市近代美術館でペンキをかけられたことでも話題になった、スイスのアーティスト、ミリアム・カーンの個展が26日まで開催されている。女性に対する性暴力をテーマにした作品がほとんどで、その他のテーマの作品もあった前述の近代美術館での展覧会より、見ていくのがきついほどだ。
この後、11月3日から始まるのが、シュルレアリスム展だ。資料を中心に、ブルトンの理想主義、精神分析、政治と詩の関係、現代作家のアプローチなどに言及する。出展作品はブルトンの最初の妻を描いたフランシス・ピカビアのデッサン、1924年当時のシュルレアリストグループの集合写真、雑誌など。(羽)
Galerie Jocelyn Wolff:
(住所はすべて同じ)
Tél : 01.4203.0565
https://www.galeriewolff.com
火―土:10h-18h
FRAC Les Réserves / Fondation Fiminco / Galerie Jocelyn Wolff
Adresse : 43 rue de la Commune de Paris , 93230 Romainville , Franceアクセス : Bobigny-Pantin-Raymond Queneau (徒歩10分)
火―土:14h-18h