2年ぶりに開催された第74回カンヌ映画祭は、コロナの脅威に屈することなく7月17日に閉幕。最高賞のパルムドールは、新鋭ジュリア・デュクルノー監督の長編2作目『Titane チタン』に輝いた。女性のパルムドール受賞者はジェーン・カンピオン以来28年ぶり史上2人目に。幼少期の事故で頭部に金属(チタン)を埋め込まれた女性が、成長して連続殺人犯となる異色のファンタスティック・スリラー。かつて監督自身が何度も見た「妊娠して機械の部品を出産する」という悪夢がモチーフ。見ていて痛そうなシーンも多く、カンヌの劇場では時おり波のようにどよめきも起きた。忘れられない映画体験をしたい人にお勧めの目も覚める衝撃作。現在フランスで劇場公開中(16歳未満は鑑賞不可)である。
ここでもう一本、現在公開中の秀作を紹介したい。アルチュール・アラリ監督の『ONODA 一万夜を越えて』だ。本作はカンヌ映画祭のある視点部門のオープニングを飾った話題作。カンヌの公式上映後は、心のこもった温かなスタンディングオベーションに包まれた。現地では「なぜ本作をコンペに入れないのか」という声を何度となく聞いたほど。ある視点部門の受賞を逃したことは全くでもって理不尽なことである。事務所のゴリ押しキャスティングとは無縁の俳優たちは作品に選ばれるべくして選ばれた人ばかりで、皆素晴らしい演技であった。
「ONODA」とは、あの「小野田」さん。第二次世界大戦末期にフィリピンのルバング島に陸軍少尉として従軍、任務解除の命令を受けぬまま時が過ぎ、ジャングルの主となった小野田寛郎さんのことだ。飢えや孤独に耐えながら潜伏、死や狂気と隣り合わせで生き延びた30年。尺は2時間47分だが長さは感じさせない。日本人ではおそらく触れにくい彼の人間的な複雑さ、とりわけ加害性まで触れられたのは外国人監督だからか。「もし日本で小野田さんの話を映画にできるとしたら、若松(孝二)監督しかいなかったでしょうね」とアラリ監督。
小野田さんは外界と遮断されたジャングルの中で、わずかな情報をたよりに自論を組み立てる。「陰謀論みたいなもの、フェイクニュースや誰かが世界を操っているのではないかという見えない何かに対する恐怖が、想像力によって生まれてしまうという状況は現在と繋がる」と監督は指摘する。ネット上の偏った情報に左右され、やがて袋小路に陥る現代人の姿と重なってくるようだ。
本作のエンドロールには、パリを拠点に映画プロデューサーとして名作を世に送り出し、このオヴニーでも30年以上にわたって映画情報を発信されていた吉武美知子さんの名が、“彼女の記憶に捧ぐ”という言葉とともに大きく映し出される。
吉武さんはアラリ監督にとって、出世作である『汚れたダイヤモンド』の日本公開に尽力し、『ONODA』の企画時には親身になって監督の相談に乗ってくれた恩人。彼女は2019年6月に亡くなったが、アラリ監督は長男が生まれるその日に分娩室で電話がなり吉武さんの訃報を聞いたそうで、「生死を同時に感じる衝撃的なタイミング」だったという。「『ONODA』は吉武さんに最大の誠意を持って完成された作品」と、カンヌの地で監督は語った。(瑞)